« みんな行ってくれるかも(若干の見解改め) | メイン | 明日の宮城への選択は? »
2009年10月18日
「宮城県少年の船」という県事業がある。
昭和55年にスタートした事業で今年度で30回目を迎え、
今年度分は今夏無事終了している。
県下の小5・6年及び中1・2年から団員を募り、
これを高校生が組リーダーとして子供達をまとめていく。
団員たる小中学生とっては自然や集団を通じた学びの、
リーダーたる高校生には文字通りリーダーシップ育成の場となる。
参加する誰にとっても貴重な体験を得ることが出来る意義ある事業だ。
しかし、折からの県財政事情と団員の年々の減少を理由に
その存廃が当局において検討されている。
そんな現状の中、この意義ある事業を存続させるべく、
今年リーダーを務めた高校生達が立ち上がり署名活動を始め、
先日2051人の署名簿を持って県当局に直訴を行った。
ひょんなことから私と同僚高橋伸二議員もお供しての直訴となった。

実は私自身もこの「少年の船」に団員として参加したことがある。
逆算すると第5回目の少年の船であり、小学校6年の時だから実に25年前の話だ。
県下様々な場所から団員が集い、集団生活・行動を通じて団結し合い友情を深めた、
懐かしく、また思い出深い当時の記憶が彼らとの出会いで明瞭によみがえった。
当時は(今もそうかもしれないが)依頼心が強く、この少年の船でもリーダーや団長に頼る、
というより甘えることが多かった私であったが、
事前研修などで我が組のリーダーからやんわりと指摘されて
「まず自分で努力すること」を心掛けるようになった。
他にも椰子の実での甲板磨きや協力し合いながらの組対抗のオリエンテーション、
果ては多感な時期の夜半のヒソヒソ話など、色んな思い出がある。
※今は甲板磨きとかは無いみたいです。
ちなみにこの時団長を務められたのが佐藤仁一団長、
後に岩出山町長となり、県下でも名首長として知られた方である。
私が県議になって久しぶりにお会いしたとき、佐藤町長(当時)も当時の私を記憶していて
大変うれしく思ったことを覚えている。
「少年の船」の県事業としての取り扱いについては
H19からの財政再建プログラムの中でも触れられており、
30回目を節目に在り方を検討するとしているが、
昨年度は私が所管委員会の委員長だったこともあり、質疑において
「私も参加経験者だが意義ある事業なので継続して欲しい」
と要請したことがある。
事業継続の検討に当たって理由の一つとして、
少子化による参加者の減少が挙げられているが、
募集の周知は各学校の裁量に委ねられており、
参加者の中には外から「少年の船」事業の存在を聞き、
学校側に問い合わせて初めて募集要項を目にした、という方もあったようだ。
自分らの頃は前年に行った家庭から次の学年のどこかの家庭に勧められて、
というのが普通で、更には我が町の場合は関係者が壮行会までしてくれた覚えがある。
時代が変わった、とはいえ募集一つ取っても改善の余地は幾らでもあり、
参加者減少を存廃検討の理由にするのは全く当てはまらない。
むしろ、貴重な経験を積む場であり、
この場を通じて世代的に横にも縦にも絆を紡いでいける、
先々には地域のこれからを担う若きリーダーを育成していく場として
むしろ大切にしていくべき事業である。
今回直訴したリーダー達も居住地は県北・仙台市内・県南とバラバラだが、
少年の船を通じて強い絆で結ばれあった同志たちである。
その彼らの熱意が実を結ぶように、議会の場からお手伝いしていくつもりだ。
しかし、今時の高校生達の行動力は大したものですね~!
感心しました!
私の高校時代は部活とバンドばかりでしたが、
当時の自分だったらどうだったか、と思い返しています・・・。
投稿者 sudayoshi : 2009年10月18日 02:36


