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 ついに来たか、と

2010年01月15日

昨日(13日)走った強い衝撃。
現在自民党宮城県連では参院選候補者の選考を行っているが、
そのことに係る記者会見の間際に事務局から

「陸山会事務所に特捜が強制捜査」

の報。
一瞬耳を疑ったが、このことはいったん脇に置き、
選考における経過等について報道陣に説明を行い、
その後に当方からこのニュースを伝えると皆が一様に驚いた様子だった。

「信じたくない」
「やはりそうだったか」
「何かの間違いだ」
「何を今更」

人によって感想はまちまちだろう。

自らが党首として統べる政党である民主党NO.2に関する疑いであるにも関わらず、
党首であるところの首相ご自身は相変わらず他人事のようなコメントだ。
昨日(13日)夕刻のぶら下がり会見で、鳩山首相は今回の件について
小沢幹事長に直接事情を聞くのか、という質問に対し、

「そのような考えは持っていない(=直接聴取はしない)。
 情報を知りうる検察が正しい判断をすることを期待する。」

と述べている。
そして今日(14日)のぶら下がりでは、政権と参院選への影響に関し、

「内閣が一致結束し、全党も一丸となってこういう事態を乗り越えるために
 頑張るしかない。」
「(参院選は)まだ先の話だ。それまでにこの問題も解決して臨むしかない」

と発言している。
矛盾だらけの全くおかしな話だ。
本人への事情確認すらせずに、どうやって政府・民主党はこの問題を解決できると言うのか?
他人事、というより公党トップとしての当事者意識のかけらも感じられない。
指導力も統率力も非常に疑わしいのがこの件でも露呈している。

自民をはじめ野党側はこの件での小沢幹事長の証人喚問を要求するだろう。
政治資金絡みの証人喚問で近い過去では”なんとか還元水”発言で非難を浴びた
故松岡元農相の事例がある。
当時の民主党は世論の批判を背に受けて喚問実施にこぎつけた。
今回の小沢幹事長の件は故松岡元農相の件と比した場合、
どこをどう見ても重大性と疑惑度は今回のほうが極めて高い。
にもかかわらず現在のところ政府与党は喚問に否定的な見解だ。
他者にやたらと厳しく、身内に極度に甘い、彼らの本質である。
もう一つ言えば、近年の自民政権においてすら、疑惑が惹起するたびに時の首相は
「国民が納得する説明を本人は為すべきだ」
くらいのことは言ってきた。
それすら言えないリーダーを我が国は頭に頂いているのである。

そもそも、民主党内からこの件について全容を解明すべき、との声がほとんど上がらない。
自民政権時は若手をはじめ厳しい声を上げ突き上げる人間が必ずいた。
今、民主党では実質の民主党トップである小沢幹事長を誰も批判できない。
言論の府にいるはずの集団とそこに所属する人間が何も言うことが出来ない。
民主主義とは異なる意見の存在と発言の自由、それを許容することが大前提である。
党内の権力者に対する異論を唱えることが許されない、
これのどこが「民主」党なのか?
これではグーグルが撤退を決めた彼の国の政治体質と同じではないか!?
自由民主党にはいくら腐ったとしてもその名の通り「自由」がある。
民主党は「自由」の無い「民主」党なのだ。
民主党の体質が現在のままである限り、日本の未来を彼らに委ねておいてはいけない。


今回の一件が現政権に与える衝撃は非常に大きいであろう。
一方で、民主党そのものに対する支持率等の行方は現段階で未知数だ。
それほど下がらないことも当然ながらありうる。
いずれにしても彼らのカウンターパートとしての役割を
野党自民党として十分に発揮していくことが大切なのだが、自民党自体はどうなのか?
去る総選挙で突きつけられた国民の審判に対する答えを党全体で出しているとは
まだまだ言えないであろう。
だからこそ、権力中枢から引き離された今だからこそ、
宮城県連では参院候補者選定に当たって現職がいるにもかかわらず
様々な意見があるなかで「全国を対象とした候補者公募」を選択した。
党内民意を汲みつつ、最終的な公認候補者がその中立公正な決定プロセスの中で
今まで以上に有権者の理解と得る形で選挙戦に臨むべきと判断したからだ。
また野党である現在ならばなおさら、特定人物の意思や力関係で
候補者が選ばれるようなことになってはならないと考えるからであり、
一部の都合でそんな状況が存在し続けたことが自民凋落の一因でもあるだろう。
今回の手法が正解であるかどうかはわからないし、
参院選でその候補が勝利しなければ正解と言えないのかもしれない。
しかし今までの姿勢から脱皮し、我々自身が変わっていこうとする姿を示しえずして
どうやって県民の共感と理解を得ることができようか。
その覚悟を以って責任者の一人として現在選考作業に携わっている。

来週には最終的な公認予定者が決定する。
現在のところ私として誰が選ばれるかは全く予見出来ない。
なぜならば、選考過程における特定の役員や議員の恣意性を排除して選考しているからだ。
今日は公募応募者の面接が行われた。
応募を頂きながら面接まで進めなかった方が何人もいた。
この中には私自身としては内心是非面接で直接話を聞かせて欲しいと思った人もいたが、
選考委員による書面審査で残念ながら脱落した。
如何に県連幹事長の意向があったとしても、
選考結果には入り込めない、ルールに従い排除される、
それが今回の進め方である。
恐らく誰が選ばれたとしても程度の差はあれ混乱は生じるだろうが、
どんな選定結果であれそこに一丸となって取り組む努力が必要だし、
私は立場としてその責任を負う。
是非とも県民に問うべき力強いメッセージと日本の在るべき将来の姿、
そしてそれを実現する行動力と固い意思、そして熱い情熱を兼ね備えた方が
多くの中から選ばれることを願う。


 

投稿者 sudayoshi : 2010年01月15日 01:55