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2010年09月03日
9月1日まで党青年部主催の台湾研修視察に行ってきた。
当日記も前2回は現地から更新した。
いつもそうなのだが、この研修はスケジュールが超タイト!
初めて参加する人には観光らしい観光も無くてかわいそうな程。
それでも、台湾の総統(=大統領)に表敬できる機会など
普通ではまず有り得ないので、大変貴重な経験になるのは間違いない。
各所への訪問・視察から夜の台湾側主催の夕食会まで空きが無く、
加えて、夕食会では台湾の風習により
「カンペー!(乾杯!)」
の儀式が延々と続く。
それも紹興酒ならまだいいが、高粱酒攻め(度数58度!!!)はキツイ。
今回も王立法院長(日本で言う国会議長)、
行政院外交部長(同外務事務次官)主催の晩餐会と、
連日日本側から名誉の負傷たる犠牲者が出た。
いつも覚悟して夜の席に臨むが、とにかく台湾の人は酒が強い。
王院長は70歳を超えられているはず・・・。
酒席も含めてとにかく大変温かい歓迎を頂いた。
今回は大陸⇔台湾の両岸関係や2度の政権交代後の政治状況と今後、
またごく短時間ではあったが金門島視察など充実した内容だった。
その中でも印象深かった話を二つ。
まず経済関係について。
本年6月、台湾と中国は「両岸経済協力枠組協定(ECFA)」を締結した。
通常で言うFTAなのだが、中台間は”国同士”では無いので上記のようになる。
除外品目については台湾側の伝統産業に配慮する形(タオルなど中国側の倍が除外)で
協定が結ばれている。
中国は台湾の最大の貿易相手であり、中国の急激な経済成長以降、
台湾からの投資も活発化しており、最大のお得意様でもある。
台湾経済も我が国同様成熟期を迎えており、今後の成長に向けては
中国を無視して考えられないところ。
で、ここからなのだが、日本に対しては中小企業の動きに期待しており、
日台企業双方の協調した戦略を探っていきたい旨の話があった。
ある公式統計で、日本企業が単独で対中ビジネスを展開したときの成功率は63%、
日台連携で臨んだ場合のそれは76%、というものがあるという。
「日本にとっての連携の相手方は香港よりも台湾のほうが魅力的か?」
と聞いたところ、
「現在の香港は完全に中国の一部であり、 同じ自由主義国である
日本と台湾のほうが信頼感のあるビジネススキームが成立する」
との返答。確かに、対中ビジネスのノウハウをしっかり持っている台湾との連携は
日本企業にとってカントリーリスクなどを考慮しても十分な妥当性とメリットがあるだろう。
日台交流の台湾側窓口で宮城県関係者もお世話になってきた亜東関係協会の秘書長が
この9月中旬から東京事務所のNO.2として赴任されるとのことで、
何か話があればこちらからも相談しやすくなった。
帰国してから分かったが、ほぼ同じ日程で村井県知事も訪台していたそうで、
台湾側から似たようなプレゼンテーションがあったかも?
後でじっくりと話してみよう。
2つ目。
金門島視察では現地司令他台湾陸軍の皆さんにお世話になったが、
昼食会で司令である張陸軍中将が次のようなお話をされた。
「金門島は日本で言えば硫黄島と同じである。 台湾本土から遠く、
補給の確保さえ難しく、相手に直面する位置関係。
大変困難な状況の中での、 先の大戦における栗林中将の采配と決断に
敬意を表しており、 大いに学ばされている。」
通訳の方から栗林中将の名前が出てきた時点で驚いたが、
相当熱心に研究されてきたそうだ。
なによりも、台湾の方が当時の日本人指揮官の生き様に共鳴された、という事実。
ともすれば日本国内ですら語られることの無いことを異国の地で耳にした事実。
台湾は親日で知られる。台湾人の意識調査で「一番好きな国は?」と問えば
「日本」という答えが必ずトップで、今でも過半数を占める。
思えば、インドの独立を志向し戦ったチャンドラ・ボースなど、
大戦当時の日本と歩みを一にした外国人は多い。
(ちなみにボースは英国からの独立の為にドイツや日本と共に戦ったのであり、
ナチスのユダヤ人政策などに共鳴していたわけではない。)
また、朝鮮半島を含む中国大陸での反日感情とは対を成すように、
それより南の、独立を勝ち取った国々における日本(日本人)に対する好感度は
概ね良好である。
それぞれの国や国民にとっての真実がある。それはいい。当然だ。
と同時に戦前も含めた日本の歩みを意図的に美化するつもりもない。
しかし、事実を事実として、客観的に捉え、検証していくこと、
そしてそれを以って自身の視点で”認識””評価”し伝えていく、ということを
私たちは改めてしていくべきではないだろうか?
”認識””評価”には必ず主観が入る。だから評価は評価する人間の分だけ分かれ、
それがその人間にとっての”真実”となる。
しかしその根底にある”事実”は一つだけである。
それを見つめていくことの大切さを、またも異国の地で教えられた気がする。
んではまた!
投稿者 sudayoshi : 2010年09月03日 01:16

