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 今年の一月に思う

2014年01月30日

もうすぐ一月も終了。
2014年、平成26年、皇紀2674年、色々と呼び方・表し方はあるが、
この一年の最初の1カ月が過ぎ去る。
1月は31日間だが、なんのかんのでここまで夜の日程が17回ほど入ったw
もちろん新年祝賀行事や各種団体の新年会、あるいは会議後の懇談会など内訳は色々。
で、震災以後3回の1月を迎えたわけだが、かなり回数も多かったので、
改めてこの3回あった1月の所謂”新年会”の回数をスケジュール表で数えてみた。

H24年  8回
H25年 11回
H26年 14回

各年共通して開催される町や市としての新年行事もあるし、それはH24でもそうだった。
年を経るにつき、回数が増えている(昼間の開催も含む)。
つまり町内各種団体等の新年会が年を経るごとに増えた、ということ。
もっと言えば、「新年会を出来るようになった」ということである。

※なお、本町の新年行事は「年賀の会」として開催されていたが、
 現在は「新生 女川の未来を語る会」として催されている。
 震災翌年において「こういう時に町として年賀の会を開催していいものか」と悩んだが、
 町内経済界より
「こういう時だからこそ希望と想いをつなぐべきだ」という強い決意が伝えられ、
 商工会主催で開催いただいている。心強く、またありがたい限りであった。
 来年以降は共催予定。

「年賀の会」で悩んだのと同様に震災翌年は当然全体的な自粛ムードがあった。
また、昨年から再開されたものでも、例えば老人クラブ連合会の昨年の新年会は
各地区のクラブが多くの行政区の廃止(消滅)により参加者も一桁であったが、
今回は仮設住宅住宅団地のいくつかで区域をまたいで4つの老人クラブが設立され、
20人ほどでにぎやかに開催された。
この新年会の回数が増えたこと自体が表すのは、
住環境や町の再生はまだまだこれからだとしても(私自身が仮設で三回目の年越しです)、
日常のリズムや過ごし方が一歩ずつであっても戻ってきている、ということだと思う。
もちろん、だからそれでいいのだ、大丈夫なのだ、ということでは全く無く、
だからこそ真の意味での被災町民の生活再建へ向けてなお全力を尽くさなくてはならない。
新年会が増えたことに「皆ががんばってくれている」と改めて思わせていただいた。
なおのこと、早く一歩でも前に進めるように、その頑張りに応えていきたい。


閑話休題。
以前、金華山黄金山神社のことを記載し(7月5日)、
そこで御本殿前の御拝殿にある龍をあしらった扉のことを記したが、
この正月に金華山詣でに行った際に写真を撮ってきました!
新春祈祷につき御祈祷後の御本殿参拝を許され、ダメかな~、と思いつつ聞いてみたところ、
「扉が閉まった状態なら大丈夫ですよ(=御本殿は写しちゃだめですよ)」
とのお言葉をいただいたのでありがたく撮影。

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どうでしょう?
黄金山神社の現在の社殿群は火災により明治後期に再建されたものであり、
それは今からわずか100年少々前でありながら、
現在の技術では再現できないだろうというお話の扉です。
この素晴らしさに触れるだけでも足を運ぶ価値がある、と改めて実感。
皆さんもぜひ一度!

投稿者 sudayoshi : 2014年01月30日 23:20