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 4年目に入ってからのここまで2週間

2014年03月27日

3月11日に3回目となる追悼式典を行って以降、早くも二週間が経つ。
重い意味の節目と、これからへつながる様々な節目の連続した2週間である。

やはり、3回目の「あの日」は、朝に目覚めた瞬間から何かしらいつもと違う心持ちであった。
当然といえばその通りなのだが、またその日を迎える意味を無意識下で感じていたのだろう。
「あの日」からの続きの道のりを歩むこととなった全ての人々にとって重い意味の一日である。
式典には約1000名の方の臨席をいただいた。
ご遺族を代表しての言葉は私の亡き同級生の子息である。
叔父の養子となり現在は仙台で好きな野球に全力で取り組んでいる。
彼のことは小さい時から見ていた。そして、力強く育てる彼の母の姿も見てきた。
亡き母への、家族への思いを語りながら自分の夢について立派に述べた息子の姿を、
彼女は天のどこからか見てくれているだろうか、と思うと涙が流れて仕様がなかった。
彼女をはじめ、彼岸へ逝った方々の在りし日の姿を思い浮かべながら、
皆とともに鎮魂の祈りを捧げた。


14日には全議案を可決いただき町議会定例会が閉じられ、
翌日は2回目となる「津波伝承 女川復幸男」。
例年以上の参加者をいただいただけでなく、
今回は本家(?)福男の西宮神社からのご支援もいただいた。
イベント体裁をとりながらも、将来へ教訓を無形で伝えようとする取り組みである。
1回目とコースはほぼ同じだが、2回目の今回のゴールは女川中学校の生徒が建立した、
「いのちの石碑」が選ばれた。
「いのちの石碑」は、同じような悲しみが繰り返されないよう
千年後まであの日のことを語り継ぐために建立された、有形での伝承である。
今回、有形・無形に伝えるための取り組みがこのように融合できたことに大きな意味を感じた。
根付くためには10年、20年と続けていかなくてはならない。
そして、なぜこのようなことを始めたのか、何のために続けているのか、
私たち自身が語り継いでいかなくてはならない。

その翌日16日は「女川復幸祭」。
女川の若者たちが結集して営まれる復幸祭も三回目。
今回も沢山のステージゲストに登場いただき、各出店ブースも大賑わいだった。
(写真は愛想を振りまく合間に黄昏ながら大森靖子さんを観るシーパルちゃん)
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地元の郷土芸能などに引き続き八神純子さんのコンサートや、お馴染みイーガーショー、
そして来町4回目、女川でのラストライブであろうBiSのステージ!
大半が遠征組で初女川であろう研究員(BiSのファンのことです)の皆さんにまで
”女川愛”が浸透していることに感激し、またもや”primal.”で涙してしまいました。

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異色であろうと何であろうと、ハイクオリティな名曲の数々とパフォーマンスは
唯一無二のものであり消え去るものではありません!
解散まで秒読みなのは残念ですが、最後の横アリまで突っ走ってほしいものです。
同様に三連続の出演となる「水曜どうでしょう」チームの皆様にも感謝。
今回はミスターさんにもご来訪いただき、大泉さんからはビデオメッセージを頂きました。
このご縁で、藩士の皆様をはじめ数多の方々に女川のことを知っていただくことができ、
これまでの感謝を込めて復幸祭実行委員長と私から感謝状を贈呈させていただきました。
これからもお世話になります。
他、書ききれぬほど、出演いただいた皆様、ご来場いただいた皆様、
ありがとうございました!またお待ちしております!
※電撃ネットワークのギュウゾウさんが本町と災害応援協定を締結いただいた
 塩谷町ご出身とは後で知りました。これもご縁に感謝!

23日は人工芝に改修した第二多目的運動場のオープンを記念し、
第一弾としてのサッカーDay。

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朝まで雨が降っていたが、多少の雨では何ということはなく、
逆に人工芝化したメリットを初日から体感することとなった。
午前中にトルシエジャパン不動のボランチであった元日本代表の戸田和幸選手、
Jをはじめ各リーグで活躍され、現在はJFAこころのプロジェクト講師として全国の子供たちに
サッカーの楽しさを教える安永聡太朗選手他をお招きしてのサッカー教室を開催。
石巻圏域の子供たちが集う中で多くの触れ合いがある楽しいイベントとなりました。
この開催に当たっては、元U-17日本代表の田中洋明選手が段取りしていただき、
多くの団体・個人の皆様の協賛を得て実施され、
参加した子供たちにはボールのプレゼントがされました。
ご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。
なお、ですが、やっぱり違いますね、本物の第一線の方々は!
間近で拝見し、そのテクニックやパワーに圧倒されました。
皆さん、ありがとうございました!
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そして午後からは東北社会人1部リーグの開幕戦。
そう、ホームにて1年半ぶりとなるコバルトーレ女川の公式戦であり、
コバルトーレが女川に帰ってきた!ということです。
この日を待ち焦がれていたのは選手だけではなく、サポーターも同じ。
500名を越すサポーターが結集し、その声援を背に受け、結果は初戦を7-1の圧勝!
皆が今年の躍進を大いに胸に抱いたところである。
皆さん、期待してください!

25日は本町の温浴温泉施設(旧ゆぽっぽ)・JR女川駅合築施設の安全祈願祭。
この建物を設計された坂茂先生が建築界で世界最高の栄誉とされるプリツカー賞受賞を
受賞されたというビッグニュースもその朝に舞い込み、非常に意義深い日となった。
本施設は、現在大規模造成を行っている中心市街地において
初めて建設させる大型建築物となる。
現在50tダンプや65tブルなど重機が走り回り地盤造成されているエリアであり、
周辺は未だ造成中であるが、広大な敷地の中に、初めてモノが建つ、ということ自体が
大きな意味を持つものであり、何もなくなったところに日一日と建築が進む姿は
新たなまちが生まれてくる様そのものを表現してくれると思う。
そして、その駅とともに商業施設などが少し間をおいて立ち上がってくることとなる。
一年後のJR石巻線完全復活とまちびらきに向けてしっかり取り組んでいく所存だ。

最後に、昨日26日は東京にてワーキンググループに出席。
内閣府に設置された「選択する未来」委員会、というものがあって、
その中に3つのWGが設けられ、私もメンバーとして参加することとなった。
私が所属するのは「地域の未来WG」であり、増田寛也さんが座長となる。
東京一極集中と高齢化に少子化、そもそも日本全体が直面する急速な人口減少や
経済動態などの実態を踏まえ、地方社会や地方都市の在り方、
地域の魅力づくりや公的機能のガバナンス・マネジメント等々、
今後の50年を見据えた政策の方針となるものを生み出そうとするWGである。
私がメンバーに加えられた理由は、ゼロからの復興まちづくりとなる我が町の取り組みが
構造面を含む地方小都市の将来の在り方の一つの事例となりうるからであろう。
現在の取り組み状況やその背景、目指している将来像などを述べてきたところである。
本WGのメンバーは各分野で高い実績を積み上げられている方々ばかりであり、
大変恐縮する心持ちであるが、せっかく参加する機会をいただいたのだから、
地方政治や地方自治に関わる者、更には復興に臨む被災地で生きる者として、
何か一つでも地域の未来や日本の将来につながるものを残す役割を果たせたら、と思う。

以上、鎮魂の一日と将来へのきっかけとなる日々を濃密に送りながらの2週間であった。
記載した一つ一つを日々更新できればいいのだが、なかなかそうもいかずまとめて記載した。
(つまり今日は久々に若干余裕を持つ時間ができたということ)
更には、明日28日は本町で最初となる災害公営住宅200戸の竣工式を行う。
町中心部で必要となる戸数の3割に満たない数ではあるが、
これまで待ってくれていた住民の方々に新たな生活の場をようやくお届けすることが出来る。
そして来週になって年度が替われば新体制でのスタート。
これまで以上に将来と希望に繋がる一日一日となるよう、なお精進して参ります。

投稿者 sudayoshi : 2014年03月27日 23:29