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 新年度

2014年04月08日

新年度がスタートして約一週間。
組織の一部改編も行ったが、通常の人事異動に加えて、
本町をはじめとする被災自治体では各自治体他から派遣いただいている
応援職員の入れ替わり時期でもある。
ここで業務をスムーズに引き継げることが、復興事業を遅滞させないためにも重要だが、
幸いにも戻られる方の大方が先週一杯滞在いただいて、新しく派遣された方々に
直接の引継ぎをしていただいた。
これも派遣元のご理解があってこそであり、大変ありがたい。
結果、先週のチリ北部地震による津波注意報発令時には戻る方、来た方の双方が
警戒態勢の中業務についていただいたわけである。
戻られる方にとっては派遣任期の最後の最後で、
また来た方とっては派遣の直後にこのようなことが発生したということであり、
まあ、被害がなかったから言えることではあるが、
(派遣元には海のないところもありますので)思い出深い出来事になったであろう。
歴代派遣職員には本当によく尽くしていただいてきたところであるが、
今回戻られる方での最長は2年8か月で、私より女川町役場歴が長かった。
震災後の23年8月から本町の復興事業立ち上げと実施に全力を尽くしていただいた。
他の方々も含め感謝の念に堪えない。

これまで、派遣元自治体にお邪魔し実施したサンマイベントや、女川でのさんま収獲祭など、
(サンマばっかりですな…)歴代の派遣職員が各地から集まっていただいて、
半ば同窓会的に盛り上がりつつ運営に協力してもらっていたりする。
府県単位のくくりで言っても、兵庫県・愛知県・高知県・神奈川県・徳島県等々、
各地から総勢50名以上が集結してくれているのだ。
女川でともに働いた「戦友」、という縁で今も皆が集ってくれることがうれしいし、
またその縁で、自治体の枠を超えて今も交流が続いていることもうれしい限りだ。
今年度より初めて職員を派遣いただく自治体も多く、
女川を一つのきっかけにして、行政、更にはその枠を超えて地域間交流が進んでくれれば、
「被災地支援」という以上の何かをそれぞれにもたらしてくれると思うし、
色んな可能性を生んでくれると思う。
「津波伝承女川福幸男」に対する西宮神社さんのご後援もその一例であろう。
逆に、震災後の地域間交流から職員を今年度派遣いただくこととなった事例もある。
ともあれ、応援の方々に甘えずまずは自分たちが、というのが基本だが、
復興後にまで至るであろうこのご縁を大切にしていきたい。


さて、冒頭記したように一部の組織改編を行った。
ポストとして教育・住宅部門にそれぞれ参事/課長級の専門監職を設置するとともに、
産業部門内に公民連携室を新設した。
復興の進展とともにミッションの質も変わってくる。
基盤整備の概ねの展開が見通せ上物の建築時期もクリアになってきたこともあり、
中心市街地の災害公営住宅関係もフル回転となる(離半島は個別対応済)。
教育関係では、将来的な小中一貫体制と移転新築を見据えつつ、
コミュニティスクールの導入検討や教育内容の充実を図っていかなければならない。
学校存立の前提はコミュニティの存在であるが、それが震災によって壊滅した。
今後新たなコミュニティが続々立ち上がってくることとなるが、
それを前提にこれからの学校運営を考えていく必要がある。
逆に、新たな学校や教育を核としながら新コミュニティの在り方を創ることも必要であり、
つまり、復興後の新コミュニティと学校の関係は不可分である。
このような観点から今後の取り組みを進めていかなくてはならない。
また、公民連携については、年内にまちづくり会社を設立し、
中心街区のにぎわい拠点の運営を担ってもらう方針としており、
PPP手法を導入していく上で様々に取り組む。
加えて、事業としてのPPPのみならず、外部各主体と町内主体との民民連携のサポートや、
施設運営というだけでなく今後の自治体運営における地元民間主体の積極的な関与など、
ソフトとしての公民連携の土壌を構築していくべきと考えている。
フェーズが基盤整備から正にハード・ソフト共の今後の「まちづくり」へと移行しつつある。
具体的取り組みはまさにこれから、ということではあるが、
我が町だからこそ出来る、というものもあるだろう。
これまで皆で育ててきた苗木を植えるタイミングだが、今後どこまで育てられるか、
ハード整備とともにこれらについても正念場の一年となる。
新年度のスタート、なお一層の進展が図られるよう臨んでいく。

投稿者 sudayoshi : 2014年04月08日 23:52