« 問われるべきもの | メイン | 大きな飛躍の年に »

 師走あれこれ

2014年12月24日

あれこれ、という表現は、溜まったものを
まとめて書くにはなかなか便利かもw

現在、本年最後の出張中。
職員派遣を頂いている各自治体・団体への
御礼&継続派遣依頼のための訪問である。
派遣元の数も大分多くなり、今年は副町長とも分担し
お伺いさせて頂いている。
10月の台風等で訪問延期になっていた自治体に
仕切り直しでのお邪魔である。
(年末の忙しいところ申し訳ありません…)
年が明ければどこの自治体でも人事の具体化に入るのに、
年明けに訪問するのは失礼であろう、
(っつーか、アホか?ってなもんで)
ということで、年の瀬の訪問である。
これにて全ての訪問日程を終えることになる。
以前も記しているが、都市計画系に始まり、
民生や文教など様々な部門で派遣職員の方々が
果たしている役割は非常に大きい。
派遣元の配慮もあり、単なるマンパワー確保、
というに留まらず、各種のスキルや経験を持った職員を頂き、
大きな戦力となっている。
未だ継続したサポートを頂かなくてはならない状況だが、
負担をお掛けしている分、しっかりとした成果を
産み出していかなくてはならない、と改めて思う。

さて、そんな成果やトピックについて。
以前に内山遺跡について記したが、別に調査されていた
崎山遺跡の見学報告会が昨日行われた。
結果として、内山より約1000年を遡る約5500年ほど前の
縄文中期の土器や、奈良時代の竪穴式住居跡等、
複数年代の遺構・遺跡が発掘された。
中でも、奈良時代の遺跡については、
女川における奈良時代の様相がこれまでの発掘調査や
文献等では確認できるものがほとんど見つかっておらず、
当時を考証する上で貴重な発掘となった。
また、発掘物には須恵器の破片や
須恵器を真似た土器も見つかっている。
当時、須恵器は高級で朝廷などで使われ
一般に流通するものではなかったそうで、
尚且つ、蝦夷地への朝廷支配が未確立の時代であり、
文献が無いことも含め、何らかの形での交易の存在や
支配統治の関係などを示唆する可能性があるとのこと。
チリ地震津波の後に最初の女川町誌が、
続いて平成初期に続女川町誌が刊行されているが、
当然奈良期の記述は乏しい訳であり、
今後「続々女川町誌」を編纂する際には、
増補修正の記述も試みようか?という話も出ている。

※写真は帰ったら添付します
スマホからは出来ないようで…

続いて、まちびらき&商業エリア再建について。
去る12月8日、JR石巻線全線再開=女川駅復活と、
それに伴うまちびらきを翌3月21日(土)に行うことを
正式に発表した。
津波で壊滅した低地部の再開発事例としては
水産関係を除いては被災自治体で初になるとのこと。
また、去る12月19日には当該エリアの再建について
総理大臣より「まちなか再生計画」の第一号認定がなされた。
これにより、商業エリアで展開する、
まちづくり会社による店舗建設への補助申請が可能となった。
※詳細は今後記します
3月時点では駅+温浴施設ゆぽっぽと、
民間の水産業体験施設とフューチャーセンターの三施設、
及び周辺道路のみの供用となるが、
エリア一帯で公共を含む各種建設はスタートしており、
来年の今頃には新たな「街」が確実に立ち上がることとなる。
全体の一部、ということにはなるが、新たな女川の姿を
誰にもご覧いただけるようになる。
そのためにも、様々な困難はあるが着実に事業を進めていく。

最後に。
総選挙が終了した。
自全国の仲間が活躍の場を得られたことに安心した。
地元では安住さんと勝沼さんの与野党お二人が当選された。
皆さんの当選を心よりお祝い申し上げます!
ところで、各党の重鎮級がこの宮城にも数多く入ったが、
そのなかで、私からすれば非常に違和感のある主張を
数多く目にし、耳にした。
代表的なのが
「東京五輪で人が取られ、復興が遅れている」
というフレーズである。
その側面は当然あろう。
全国の人材と資機材は限られている。
(もっとも、その遠因には公共事業悪玉論を煽り続け、
多くを廃業に追い込んだ政治勢力やマスコミの存在もある)
同じことを被災当事者が感情として言うのならば、
或いは地域選出議員の被災地感情の代弁としてならばわかる。
しかし、このフレーズを声高に叫んだ重鎮とされる方々は
東北や広島などの被災地以外の選挙区でも
同じことを言い続けたのであろうか?
歓心を買うためだとするならば迷惑この上ないし、
我々を愚弄した話である。
そもそも、被災地のために各地の経済活動や地域振興を
今後も止め続けろ、とでもいうのだろうか?
あれから四度目の正月か、という今も現地での活動や
ふるさと納税等で支援してくださる方々が数多いことには
大変に感謝しているし、将来へ向かってよい関係を
継続して築いていきたいと心底思うが、
世の中は我々を中心に回っているわけではない、
というのが厳然たる、それも当たり前の現実である。
だからこそ、その事を被災地の我々自身が直視することで、
頂いてきた支援や縁を感謝の念と共に新たな力に変え、
自ら立ち上がる意識を強く持つことが求められるのに、
負のメンタリティの助長とも思えることを吹聴するのは
結果として我々の心を弱くさせることにならないか?
そもそも、心配される今後の復興関係財源にしても、
日本中の経済活力が増し税収が上がらなければ、
結果的に確保が難しくなるであろう。
被災者に寄り添うことと被災者感情を掴もうとすることは
全く似て非なる行為である。


長くなってしまった…。
気づけば今年もあと一週間。
年内にもう一回は書き込むつもりです。
先ずはこれまで、ということで。
んだば、Merry X'mas!


投稿者 sudayoshi : 2014年12月24日 01:32