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 5年目

2015年03月11日

今朝、やはりいつもとは違う意識で目覚めた。
無意識下でも、3月11日という日を迎える意味を感じているのだろう。
あれから丸四年である。
表現としては「5年目に入る」、ということでもある。
「あの日」と同じように小雪が舞う本日、追悼式を執り行わせていただき、
ご遺族をはじめとする町民皆さんとともに祈りを捧げさせていただいた。
今は天上にある皆さんにこれまでの道のりを報告しつつ、
その皆さんを失った悲しみを携えながらも何があったかを伝え続けていくこと、
そして郷土再建を通じて天に逝った皆さんの無念に応えることを誓い合った。

当たり前にあるものと疑わなかった日常が当たり前ではなかったこと、
その当たり前の日常を取り戻すことが如何に険しい道の先にあるのかを
突きつけられ続けてきたこの四年であった。
JR石巻線の全線再開と駅周辺まちびらきが10日後に控えていることもあり、
メディアで女川が取り上げられることが多い。
※駅舎+温浴施設は災害復旧や復興交付金の対象から外れるため、
 一部に電源関係交付金が入るが大半は町単費での整備です
確かに大きな節目ではあり、期待をいただくことは今後の大きな力にもなるが、
復興まちづくり全体からすればごく一部、まだ芽が出始めた段階である。
土地造成全体の進捗は3割強に過ぎず、
女川に残る選択をされた被災世帯における住環境の再建割合は1/4.。
今後の造成の進捗に併せて個人住宅や災害公営住宅が建設されるのであり、
27年度は大きく進展していく見込みではあるが、道のりはまだまだ長い、
というのが現状だ。
まだまだ多くの町民にご苦労をおかけする状況に変わりはなく、
この4年で心身ともに疲れてきている方々も相当に多いはず。
だからこそ、一つ一つを形にする努力がなお一層必要であるし、
形にすることで希望を紡いでいかなくてはならない。
その意味で、芽の出始めとは言えども駅周辺まちびらきを行えることは
大きな意義があるし、大きな一歩である。
そしてそれは、あの惨状の中での捜索活動やがれき撤去・分別に始まり、
がれき焼却の受け入れ、用地の協力、日々女川の再建に奮闘いただいている
現在町全体で1000人を超えるであろう作業員の方々、
これら全ての方々の協力によってようやくたどり着いた芽吹きであり、
ほんの僅かではあるが当たり前の日常を取り戻せることとなる。
感謝の念に堪えない。


祈りと感謝と誓いを胸に5年目を歩みだします。

投稿者 sudayoshi : 2015年03月11日 23:14