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 新しいステージへ

2015年12月18日

毎度ご無沙汰です m(_ _)m

女川ファン界隈にとどまらず、新聞・TVでも出たので
ご存知の方も多いかと思うが、
今年度一杯、つまり来年の三月末を以って、女川さいがいFMの閉局が(を)決定した。
SNSを中心に、惜別と感謝の声が大きく拡がっている。
*詳しくはさいがいFMサイトをご覧下さい
http://onagawafm.jp
上記で「閉局が」の次にあえて“(を)”を入れたのかは、被免許者は町であり、
閉局する主体は町になるからである。
分かりにくいと思うので整理すると、女川さいがいFMの場合
免許者=総務省
設置者=町(被免許者)
運営者=さいがいFMスタッフ
という関係になる。

実は、ここ2年ほど、FMも含めた情報発信をはじめとする町内各機能の再編整理について、
いくつかのタイミングで協議してきた経緯がある。
町(というか町長職の私)からすると、例えば観光一つとってみても観光協会にはじまり
各種主体が様々に頑張り、それぞれに情報発信してきた。
そのなかに当然FMも入っている。
それらそれぞれがそれぞれに動いているのだが、
実は各主体に関わっている人間は多くの場合共通しており、
類似の機能や役割を担う各主体がそれぞれに活動・発信し、
それに関わる人材が重複して複数主体を運営している、
という、質・量ともに人材が限られるにも関わらず、
その限られた人材への負担が余計にかかる状態に陥っていた。
FMのみならず、それは今も変わらない。
その状態を整理なり統合なりして、各々の役割が明瞭で専念しやすい環境と
体制を構築したいと思っていたが、次々と眼前に降ってくる事態に私を含め手一杯だったり、
あるいは連携主体の準備が整わなかったりで、タイミングを逸し続けてきたところがある。
そのような経過の中での、今回の判断・発表となった。

設立当初の経過に自分は関わっておらず、FMをやっている皆さんと地域選出の県議、
というくらいの関わりしかなかった。
FMの設立経緯についてはFM関連サイトを参照願うが、
事実、町行政からの資金支援はなく(受けず、が正しいか)、
町からのサポートは用地や施設の便宜供与、
各種団体等からの寄附先としての紹介・斡旋などであり、
寄附や運営サイドの私費を投じて今日まで続けられてきた。
その原点は開設当初に遡るのだろう。
震災後の、有志による臨災局開設の提案要請に対し町のスタンスは、
免許は申請するが、開設に当たり

きれいに言えば「自己完結で」
平たく言えば「資金調達も含め自力・自己責任で」
悪く言えば「塩対応」

というものだったとのこと。
町の七割以上が壊滅し、電気水道すら復旧が見えず、
避難所運営、不明者捜索、その他諸々で手一杯であり
予算措置も含め行政的にそこまで手が回らない、という状況、
加えて言えば、臨災局をやることで出てくる効果や意味を
イメージ出来なかったということだったのかもしれない。
逆に言えば、だからこそ臨災局から情報発信する意味がある、
ということでもあり、「とにかくスタートさせる」という有志の決断で
女川さいがいFMは産声を上げ、放送を始めた。
町長職就任以降、番組を持ったということだけでなく、
役割や取り組みについて色々と協議する場面も増えた。
その中には運営資金についての協議や相談も勿論あったが、
最後には「町の予算に頼らず行けるところまで行く」という
結論を運営サイドから伝えられるのが常であった。
開設時の原点に帰しての有志の意地と矜持であろう。
また、

「町が被免許者であるのだから町の予算措置が付随するのは
当たり前かもしれないが、一方で今の運営の形であると
コンテンツ作成や伝える中身の自由度が一定以上にある。
臨災局とは言えども一報道機関でもあり、町の予算が入ることで
伝える内容に制限がかかる≒町当局に気を遣う、
ということではいかがなものか、とも思っている」

という「伝える側」としての意識を聞かされたこともあり、
これも矜持であろう。

そのようにして続いてきた運営体制も、この四年半余を経て限界に近づき、
現地の人的体制が放送を継続していくには非常に困難となってきたのが
今回の判断・決定の一番大きな要因となっている。
当面のスタッフ確保に向けても相当に奔走されたようであるが、
こればかりは仮に予算が潤沢としてもそれだけで解決できるものでなく、
結果として状況が好転することはなかった。

言うまでもなく、女川さいがいFMがこれまで築き上げてきたものは大きい。
悲しみや辛さだけでなく、むしろ無理矢理でも笑顔で前を向く姿勢と言葉で
被災地の今とこれからを伝え続け、臨災局の役割を超えて
地元町民にとどまらず、多くの方々の人生を支え、励まし、
数多の縁を結んできてくれた。
これほどまでに大きな存在になるとは開局時は誰も思わなかっただろう。
それを育んできたのはスタッフはもちろんのこと、リスナーをはじめとする
女川と女川さいがいFMを愛し、支えてくれた皆さんである。
頑張ってきたのはスタッフなのであり、私からはおこがましい限りであるが、
それでも設置者(被免許者)として申し上げたい。

スタッフの皆さん、リスナーの皆さん、本当にありがとうございました。

とはいえ、年度末の三月までは元気に放送が続くし、
それ以降の展開については、確たることは何も決まっているわけではないが
色々と考えを出し合っているところである。
大きく咲いた女川さいがいFMという花が残す大切な種を、
今度はどのようにして皆で芽吹かせるか。
一つ確かなのは、私の番組は終わるであろう、ということかなw
まあ、そのあたりも含め、どこかのタイミングで皆にお知らせできるよう、
検討を進めていきますので、よろしくお願いいたします。


表題の新たなステージ、ということで言えば、既知でしょうが
来る12月23日の祝日、

おながわ復興まちびらき2015冬

が開催されます!(行政チックじゃない紹介記事はこちらから)
もう遅いんで改めて記しますが27日までやります。
24日のイヴには花火を上げちゃいます!
一週間前天気予報では大丈夫そうですね・・・。
まずは来てけらいん!

もう一つ。
新たなステージ、というか新たな施設が東京は浅草に今日オープンした。
その名も
まるごとにっぽん」。
全国の様々な選りすぐりの食材や物産を集めた施設であり、
この3階に更に選りすぐりの全国20自治体による物産ブースがあるのだが、
ここに高倍率の激戦を突破し、女川町も入ったのです!
(観光協会さんと合同会社さんが頑張りました!)
で、たまたまオープンの日に東京出張だったので行ってみました。

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初日、ということもあり全館で多くのお客さんが来ていたが、
本町ブースも売り切れの品多数ということで、いいスタートかと。
これが続くように、機会があれば(無くても作って!)ぜひ足をお運びください!


まだまだ長い道のりだが、時間の流れとともにステージも変わってきた。
その時々でそのステージの意味も変わるし、我々も変わっていく。
その変化とはチャレンジにほかならず、
チャレンジするからこそ、またステージも変わっていくのだ。
色んな新しいステージが出来てきた。
そのそれぞれのステージでの女川、皆さんよろしくです!


投稿者 sudayoshi : 2015年12月18日 01:21