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 女川さいがいFM閉局に当たって

2016年03月30日

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この小さなスタジオから伝え続けられた言葉とメッセージ。
どれほど多くの人々の心に届けられてきたのだろう。
臨時災害放送局という、その位置付けや枠を超えて、
大きな、本当に大きな役割を果たしてきてくれた。
閉局に至る経緯は以前記したとおりだが、
改めて、エフエムスタッフとリスナーさん、そして物心に亘り支えてくれた
多くの皆様に感謝申し上げます。

11:30から始まった閉局放送
私の閉局にあたっての挨拶の際、息がハアハアして、
トークの入りが変だったのは、実は直前まで女川小・中学校の
退職/転任者離任式があり、その終了直後150mダッシュで
スタジオに入り、そのままマイクに向かったからでありまして、
聞き苦しくスンマセンでした…
本当の本当となる最期にどの曲をかけるかについては
以前より皆で話はしていて、この曲は第一候補であったが、
そのとき誰がやるべきか、ということを含めて、
最終判断はこれまでやってきたスタッフ皆さんに委ねていた。
で、前記のようにスタジオに文字通り駆け込み、
打ち合わせ無しでそのまま放送に入ったので、
実は最終の結論を知らないままの閉局挨拶だった。
その私の挨拶の放送中に、大嶋統括Pより選曲のメモ紙を手元に渡され、
“やはり、これを言うのは設置責任者たる自分の役割だな”
と思いながらも、どうやって曲紹介に入ろうか、
思案しながらマイクに向かっていた。
太悦アナがうまくこちらの話を拾って、流れのなかで促してくれたので、
自分の想いを込めて曲紹介をさせていただいた(太悦さん、サンキューでした)。
ということで、選曲は私を含めた皆の総意である。
女川からなら、或いは女川からだからこそ、
この最期に伝えるべきメッセージや意味がある、
とお届けさせていただいた。

曲名をコールしたあと、スタジオの外に出た。
スタジオ前には、遠くから来てくれた多数のリスナーさんがいて、
その中の一人がラジオを持ってきてくれていたので、
皆と共に女川さいがいFMとしての最期の曲を聴いた。


風に戸惑う弱気な僕
通りすがるあの日の幻影
本当は見た目以上
涙もろい過去がある――


抜けるような真っ青な空のもと、
この五年間の女川さいがいFMの奮闘を思い、
そこにそれぞれのこの五年間を重ね、
そして五年前までは気軽に口ずさんでいたはずのメロディーを
五年ぶりにそれぞれに口ずさみ、
涙しながら皆でその時間を送った。
率直に、改めて良い曲ですね。
何かを思い起こさせるどころか、
却って心を優しく包み込んでくれるような。
五年ぶりに聴いたと思えないほど、それは自然に入ってきて、
ではありながら、ここまで胸に染み入ってきたのも初めてでした。


思えば、この「TSUNAMI」という唄も、
「曲名がそうだから」という理由で
あの日「被災」した(させられた)んだよなあ、と。
時間軸は個々に違うけれども、それぞれが少しずつ普通の生活や時間、
在るべき日常を取り戻していく中にあって、この唄もそうであっていいはず。

あの日に失われた当たり前の日常を取り戻すんだ、と、
皆で歩んできた。
逆にあれからの日常の中で当たり前になっていた存在のひとつが
停波して今の私達の日常から姿を消した。
でもそれは、役割や役目を終えた、というよりも、
役割や役目が変わり、それを担っていく、ということ。
今日も、スタッフは新番組の収録や地元情報収集など、
これまでと変わらずの通常営業状態とのことですw
(女川町のお友達を交えての収録だしねw)
見え方や姿が変わっても、歩む道が少しずつ変わっても、
人も、想いも、イズムも、ここに変わらずあり続ける。
そんなわけで、新しい展開、皆様よろしくです。

投稿者 sudayoshi : 2016年03月30日 18:00