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 経験した我々だからこそできるサポートを

2018年07月17日

大変にご無沙汰しておりましたが、久々に復帰しますので、
今後もよろしくお願いいたします。

久々に書かねばならないという思いに至ったのは
今次豪雨災害があったからに他ならない。
西日本での広範囲に及ぶ豪雨災害が発生したことにより、
各地に甚大な被害がもたらされてしまった。
犠牲になられた方々のご冥福をお祈りしますとともに、
被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

「平成30年7月豪雨」と名付けられたこの天災により、
多くの尊い命が失われ、各地において当たり前だった日常が失われてしまった。
とりわけ倉敷市真備町をはじめとする大規模被災地の様子は、
その災害発生時の状況も、水が引いて以降の状況も、
7年半前に自らが地元で目の当たりにしたものとほぼ変わりなかった。
この既視感(残念ながら現実なのだが)に近い感覚、
あの時津波被害を受けた地域の人々なら同じように感じているだろう。

本日臨時議会において、今次被災地に対する本町からの支援として、
義援金の補正予算を組み、議会に議決いただいた。
今回の補正予算分については、被害状況把握を待つまでもなく
明らかに大規模な被災状況である倉敷市に対して義援金を送り、
その他の被災地についてはある程度被害状況が判明した時点で
場合によっては専決処分(議会の承認を待たずに予算を執行すること)で
義援金の拠出を決定したい旨を議会に説明し、了承をいただいたところである。
(拠出のタイミングと議会の開催時期が合わないことも予想されるため)
人的支援については、本町独自で速やかに、とも考えたが、
近隣での宿泊先等の拠点確保もその時点では困難であったため、
被災状況が一定程度判明するまで見合わせることとしていた。
(熊本地震の際は、派遣先が交流のある熊本県美里町であり、
 拠点確保が依頼出来たので1か月間4チームを交代で送ることができた)
現在、県が拠点確保も含め請け合う形での派遣依頼が市町村に対し出され、
これを軸とした派遣を検討しているが、どのような業務領域に対して
職員を派遣していくかが当然重要となる。
業務としては家屋等の被災判定、避難所も含めた保健業務、がれき処理、
生活再建支援など様々なものが挙げられるが、その中においても
同じような被害を受けたからこその経験が役に立てる分野があるだろう。
被災後の特殊な状況・環境下では、一つの業務を行うにも
通常では考えにくいトラブルや課題も発生する、というかしやすい。
こうしたことへの対応は、やはり業務で同じ経験をした者の方がいいだろう。
自分たちで経験したからこそできる、活きるサポートを、
微力ではあるが何とかやっていきたい。
これまで、そして今も我々はそのようにサポートをいただいている。
だからこそなおさら、微力かもしれないが力になりたい。


被災された当事者の方々には途方に暮れるしかない方も多いと思うが、
何とか気を強く持って踏ん張って欲しい。
「そんな風に力強くなどなれない」という方もおられるだろう。
それでも、皆が寄り添ってくれていることを信じて耐えてほしい。
長い道になるだろうけど、その先には耐えた分、頑張った分の未来は
確かにあるはずだから。
あの時の我々も途方に暮れたし、歩み出せるものから歩み出すしかなかった。
前向きな話よりも、悲しみや辛さの方が当然多かった。
待つことしかできなかった方だって多くあったろう。
どんな未来がその先にあるのか、誰しも描くことも難しかった。
でも、そんな我々の力になろうと多くの方々がともに歩んでくれた。
直接会うこともかなわぬ数多の方々の励ましがあった。
目の前の状況に自分事として向き合うたくさんの地域の仲間がいた。
子供たちは未来を信じ前を見つめていた。
いただいた沢山の勇気が力となった。
その一つ一つがやがて繋がり、より大きな力となっていった。
そうなったからと言ってすんなり物事が進んでいったわけじゃない。
それでも、「あの時に比べたら」と、顔を上げ続けてきた。
「じゃあ、今をもって全員がハッピーになれたか?」と問われれば、
もちろんそうだとは言い切れないし、恐らくそうではない。
だから「前以上にいいまちに皆でしていくんだ」という思いや願いで、
可能性と未来を信じ、今も変わらず皆で歩み続けている。
大変という一言では全然済まないほど大変な状況と思うが、
だからこそ、あきらめず今を耐えて、これからを踏ん張って欲しい。
心からそう願います。


投稿者 sudayoshi : 2018年07月17日 19:30