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 あの日と未来と今

2020年03月11日

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あれから9回目の3月11日。
例年、町の総合体育館を会場に追悼式を行ってきたが、
今年は新型コロナウィルス感染対策に関する政府要請に伴い
総合体育館および役場前の慰霊碑の二ヵ所にての
自由献花による追悼とさせていただいた。

今年も、ご遺族や町内の方々だけでなく、
ご縁のある方や我が町に思いを寄せ続けてくれた皆さんが
多く当地に足を運んでいただいた。
午後2時46分を迎える前に、防災無線でメッセージを
流させていただき、そこでも呼び掛けさせてもらったが、
一堂に会してでなくとも、それぞれの場所から、
心を一つに祈りを捧げていただいたことと思う。

去る2月末日、震災遺構の旧女川交番周辺の整備が完了し、
完工式を執り行った。
今日も多くの方々が見学されていた。

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旧女川交番を震災遺構として保存することとした経緯は
下記の過去記事を参照いただきたいが、
この時からもう6年以上も経つんですね~。

「改めて震災遺構について」(2013年12月10日)

保存に対する大人たちの反対意見が多い中にありながら、
未来の人々に震災の教訓を伝えていくべき、と
強いメッセージを発してくれた当時の子供たちの思い、
教訓とともに、困難から立ち上がることの意味などといった
ポジティブなメッセージを伝えていくことも我々の責任、
という私自身の思い、
それを合わせて伝えていくにはどのようにしたらいいのか、
知恵を搾ってくれた町内有志の皆さん、
それが意味ある形として表現されたのが
女川の震災遺構である。

遺構は旧交番を順路沿いに建物をぐるっと回れる形にし、
そこに、震災の様子と被害、そしてそこから立ち上がってきた
女川の人々の歩みがパネルに記されている。
自然災害の教訓と共に、逆境から未来に向かおうとする人々の強さ、
またいつか災害が起きても、あきらめずに立ち上がって欲しい、
そういうメッセージを伝えたかった。
17枚あるパネルの最後の1枚に書かれた文章は私が考えたもので、
前述のブログエントリーで書いたような思いをまとめたが、
その文末は当時の中学生だった彼らが
いのちの石碑に刻んだ言葉を借りた。

東日本大震災では、女川町をはじめ、
各地に甚大な被害がもたらされました。
各地の震災遺構や様々な記録とともに、
震災の恐怖や悲しみは伝えられていくでしょう。
同時に、悲しみだけではないメッセージを伝えていくことも、
私たちの大きな役目ではないか。
私たちは、そう考えました。
あの日、私たちは、いつも当たり前だと思っていたものが
実は当たり前ではなかったことを思い知らされました。
そこからの日々は、その当たり前をもう一度取り戻すために
皆で歩んできた道でした。
私たちが取り組んできた復興まちづくりはどこかの時点で完了し、
その姿は100年200年と続き、
いつか将来の人々にとって当たり前のものになっているはずです。
でも、その姿は当たり前だったものが失われた跡に築かれたものであり
もっと言えば、震災前に私たちが当たり前だと思っていた郷土の姿も、
実は戦火や災害で失われた当たり前を取り戻すべく
先人が築いてきたものであったことに気付かされます。

将来の人々にとって当たり前の姿はいつ失われるかもわからないこと
そして、失われたとしても、それを取り戻すために
皆で立ち上がらなければならないこと
壊滅した郷土に生を灯す人の歩み 絶望から希望を紡ぎだすこと
郷土に生きる私たちの想い 郷土の人々の生きる強さ
決してあきらめないこと 何があっても負けるな


震災遺構を保存すべき、と提言してくれた当時の中学生たちは
町内各地に石碑を建立し、
「将来世代にあの悲しみと苦しみを再びあわせたくない」
という願いを込め、未来の人々にメッセージを刻んでくれました。
その想いに、あの日からの歩みの中で得た私たちの学びや気付きを重ね、
ここにそのメッセージを記します。
いつかの将来に郷土を災いが襲ったとき、
人々の人生が何かに見舞われたとき、
未来を生きる誰かの支えになれるように―。

「今、女川町はどうなっていますか?
 悲しみで涙を流す人が少しでも減り
 笑顔あふれる町になっていることを祈り
 そして信じています。」

あれから丸九年の今日、改めて様々を思い返す。
あの日のこと、これまでのこと、そしてこれからのこと。
で、これからも思い返し続けるだろうし、
そこにただ一つの正解や答えがあるわけではないし、
自分自身、失敗やつまずきだって繰り返すだろう。
それでも、思い返すことで、行き先や歩むべき方向を確認し、
進んでいくことが出来ると思う。
いつか自分があちらに行ったときに
「まあ、お前も出来ないなりでもそれなりにやったよな」
って言ってもらいたいじゃないですか。
将来の人々に
「がむしゃらながらでも繋いでくれてどうも。なんとかやれてるよ」
って思ってもらいたいじゃないですか。
過ぎしあの日に旅立った人々への祈りと願う未来、そして生きる今。
思い返すたびに刻みながら、確かめながら、
またしっかりとこれからを歩んでいきたい。

投稿者 sudayoshi : 2020年03月11日 23:31