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 これまでの10年、これからの10年

2021年03月20日

ご無沙汰です。
2回に分けて書きます。
先週あれから丸10年を迎えました。
当事者であるか否かに関わらず、それぞれがそれぞれに、
あの日のこととこれまでを改めて振り返られたものと思います。

これまでも丸〇年を迎えたからと言って、そのことを以って
これまでとこれからが分断されたり区切りがついたり、
というものではありませんでしたが、
一つの節目であることに違いはありません。
その都度、あの時犠牲になられた皆さんに思いを馳せ、
あの日までの日々とあれからの日々に向き合い、
今の自分(達)がどうであるのか、どうあるべきなのかを確かめる、
一人一人にとってそのような日でもあります。

昨年は新型コロナの関係で町主催の追悼式は中止し
追悼式会場と慰霊碑前での自由献花としましたが、
今年は感染症対策を取りながら例年通り町体育館を会場に
追悼式を執り行い、慰霊碑前での自由献花も併せて行いました。
会場には400名以上の方が参列され、慰霊碑への献花も合わせると
延べで1000人以上の方々に献花を賜ったところです。

追悼式では主催者として毎回式辞を述べていますが、
遠い空にある皆さんへ追悼の念を表するとともに、
今の私達の思いや様子をお届けする、
そんな、遠くの友人や親類へのお便りのような思いも込めて、
またその思いを参列いただいた方々と共有させていただければ、
と思いながらいつも式辞をしたためています。

丸10年となる今年は以下のように述べさせていただきました。
※全文です

 ここ女川の地で犠牲となられました皆様のご遺族をはじめ ご来賓並びに町民多数のご臨席のもと 東日本大震災「女川町追悼式」を執り行うにあたり 犠牲者の御霊に 心から哀悼の誠を捧げます
 あれから十年の歳月が流れました 千年に一度とされる 誰もが経験したことのない自然の猛威に尊い命を奪われ 皆さんが天に昇られてしまうこととなったあの日 人生の集大成に向かうはずだった先輩方や 生まれたばかりのか弱い命 夢へ向かって一歩踏み出したばかりの若々しい命 八百を超えるそれぞれのかけがえのない人生 その先にあったはずのそれぞれの未来が無情にも奪われてしまいました 皆さんの悔しさや無念さがどれほどのものだったか 今を持ってなお推し量ろうにも量れるものではありません 愛する人を余りに突然に失われたご遺族皆様 そして私達の悲しみもまた 十年の時を経ても消えるものではありません
残された私達のそれぞれの人生も あの日を境に変わりました いえ 変えられました 皆さん そして皆さんとともに歩むはずだった未来が突然に失われ 悲しみに暮れる中においてすら 苛烈で厳しい現実は容赦なく私達に降りかかってきました 故郷を離れざるを得なかった方々 ここに残ることを決めた方々 残るしかなかった方々 どの選択や決断だとしても 確かな未来など描けようもない状況から 私達は歩みを始めました なぜなら 私達は生きていかねばならないからです
 絶望と混乱の一夜が明け 壊滅した故郷を夜明けの光が冷たく照らす中に 夜明けとともに建設会社の重機が動き出していました 道が啓かれると 動けない人の分まで動ける者から今出来ることをと 誰から頼まれたのでもなくがれきの中で交通誘導を始めてくれた方がいました 自衛隊や捜索隊と一緒になって皆さんを探してくれた方々 避難所では薪を拾いに行き火を絶やさないようにしてくれた方々 自警団を作って混乱の中にも安心を届けようとしてくれた方々 沢山の方々がいました その一人一人 一つ一つが希望でした 病を抱えていても命を燃やし尽くすまで郷土の再建に身を投じた方を何人も知っています そうして皆で積み重ねてきたこれまでの日々です そしてそのような私達を 数多の方々が支え 励まし続けてくださいました 
 皆で笑い合えるようになったのはいつくらいからだったでしょう でもだからと言って皆さんのことを忘れたわけではありません それぞれの心に刻まれているのです 時の流れとともに あの日背負った心の傷がふさがり痛みが癒えることがあったとしても傷跡は残ります でもそれでいい なぜならば その傷跡こそが皆さんと確かにあの日まで同じ時間を生きた証だからです そしてだからこそ 皆さんの分まで これからも懸命に生きていかなくてはならない そう思います 腹の底から笑い合える日が増えれば増えるほど 遠い空にある皆さんも安心してくれるでしょう だって 大切な人の辛い顔や悲しい顔より 笑顔で今を生きてくれたほうが嬉しいですよね 
 被災した場所はこの十年で再建をほぼ終え 記憶にある街並みを感じさせるものは少なくなりました 皆さんが天からこの場所に下りてきたらさぞかし驚くでしょうし さみしさも感じるでしょう でも まちは変わっていくものです 新しく出来上がった今の街並みも これから少しずつ 少しずつ変わっていきます 人もまちも生き物です あの日より後 この女川に生まれた新たな命も三〇〇人を超えました 昔の町の姿を肌で感じたことがない子供たちにとっては今の町の姿こそが故郷女川の姿です そして彼らが大人になり そしてまた新たな世代が生まれ 時間とともに世代が入れ替わり そこで生きていく人々がその時々のまちを作っていくことでしょう 人は時間とともに記憶を薄れさせていくし いつしか あの日のこと 皆さんのことを直接知る人もいなくなります そして私達もまた いつかは皆さんのもとへ行くし 私達のことを直接知る人だっていなくなります それでも その記憶や証が消え去ることはありません なぜなら 喜び 悲しみ 悔しさ 楽しさ 色んなものを積み重ねながら 自分たちの生きる未来がより良きものとなることを目指し 願いながら生き まちをつくっていくからであり その積み重ねの中に皆さんや私達が確かに存在しているからです 目には映らなくとも 言葉で書き綴られなくとも 皆さんの魂と生きた時間の記憶は この地に刻まれ ここで生き暮らす人々がいる限り紡がれ 伝え続けられるのです
 今日であれから十年です 十年経ったからと言って あの日からのこれまでとこれからが途切れるわけではありませんが 今日という祈りの日を経て 私達は次の十年 そしてその先へと向かっていきます あの日から続く今と将来を生きていきます あの時の残酷なほど美しかった満天の夜空と天の川 あの悔しさと悲しみを 決して忘れたことはありません その悔しさと悲しみから始まった歩みだからこそ 祈りの中に希望を一つずつでも見出し将来を照らせるよう これからも懸命に生きていきます そしてその日々と歩みを伝え続けていきます この地で あるいは他のどこかで もしもまたあの時と同じようなことが起きてしまったとしても 皆さんを失った時のような悲しみを一つでも減らせるように 
 同じ時を過ごすことは叶わずとも 私達の心にはいつも皆さんがいます 残された者の責任と役割を 励ましあい 支えあいながら果たしていきます 遠い空から 私達を 郷土のこれからをいつまでもお見守りください
 ここに改めて犠牲になられました皆様の御霊に心から哀悼の誠を捧げ、安寧の内にご永眠されますことをお祈りいたすとともに、ご遺族皆様の心のご平安を念じ 式辞といたします


また、式辞で述べたことや自分(達)の10年を振り返った思いを
曲にしてみました。
時間があったら聴いてみてください。
https://youtu.be/zltW57-Lh24

いつの日も、これからも、いつまでもこの地で暮らす私達です。
想いと祈りを結びながら、これからの10年も歩んでいきます。
そしてそのこれからの10年が、これまでの10年を意味付けるし価値付ける、
そのように思っています。
だからこそ、皆で歩むこれからの日々を大切に、しっかりと。

投稿者 sudayoshi : 2021年03月20日 00:40