<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>須田善明コミュニケーションサイトZENMEI.NET</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.zenmei.net/atom.xml" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2012://1</id>
   <updated>2012-05-06T13:51:15Z</updated>
   
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 3.33-ja</generator>

<entry>
   <title>日記というより“月記”</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2012/05/post_243.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2012://1.299</id>
   
   <published>2012-05-06T13:50:32Z</published>
   <updated>2012-05-06T13:51:15Z</updated>
   
   <summary>になりそうな感じであり、 年度替り最初の書き込みが５月に入ってからという状況を反...</summary>
   <author>
      <name>須田善明</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      になりそうな感じであり、
年度替り最初の書き込みが５月に入ってからという状況を反省しつつ、
これまでのあれこれを。

４月より副町長２名を配し、組織改変も一部行い新体制でのスタートを切った。
これまでは土地利用原案を担当セクションの全員で作成し、
住民説明会を全員でやり、復興交付金の作業にも全員で取り掛かり、といった具合に、
言わば、サッカーならゴールを守るにしても攻めるにしても
ポジションごとでなく全員でボールを追う感じであった。
というよりそうせざるを得なかった面があるのだが、
FW/MF/DF、コーチやマネージャーと、各課室を横断する形で
役割と責任を分担する形に取れるような環境が整ったということ。
もちろん自分自身が監督の役目であり、その采配如何ではあるが、
各セクションの関係を円滑化し、作業の進度向上を図っていく。

また、この４月は前へ向けた節目が多くあった。
まず、スイス赤十字社を通じたスイスからの１９億円の支援によって再生された
地域医療センター（旧町立病院）の復旧竣工。
次に、カタール国フレンドシップファンドによる魚市場買受人協同組合が行う
冷蔵冷凍庫整備への２０億円の支援決定。
更には、４月２９日、女川高校グラウンドに待望の仮設商店街がオープン。
５０店舗からなる被災地最大規模のこの商店街は
「きぼうのかね商店街」と名づけられた。
このグラウンド、元々は仮設住宅に当てられる予定であったが、
４月７日の余震により大規模なクラックが発生、県の仮設住宅建設は見送られた。
それならば、と県議時代の昨年６月に県教委や学校側の了解を得て
仮設商店街の建設用地として運用することが決定、
以来各般の状況により時間の経過を伴ったが、
その一方でこの間に国際組織である救世軍からの支援をいただくことが決まり、
十分な整備が図られることにもなった。
商工会を核とした女川町復興連絡協議会が中心になって進めてきた本事業、
ご支援をいただいた各団体をはじめ関係各位のご尽力に敬意を表したい。
この三事業だけでも支援金は実に４０億円を上回るものであり、
わが町の年間通常予算の２／３の規模に上る。
感謝の念に堪えない。
過日、宮城復興局との意見交換があり、これらのことと、
その支援額が復興交付金の一次配分を上回っていることを伝えたら、
「今日はそう言われると思って来ました…」
と苦笑いされていた。
額の大小や金銭か否かということでなく、改めて国内外を問わない数多くの、
という表現では足りないほど数多くの支援に支えられてきたことを感じる。
だからこそ、いつも言っていることだが、
「まず自分たち自身で立ち上がるのだ」
という気概を強く持ち続けなければならない。
努力が必ず報われるとは限らないのが世の常、ではあっても、
努力のないところに天から何かが降ってくることは、まずない。
立ち上がろうとあがくことで共に戦ってくれる、手を差し伸べてくれる人が現れる。
立ち上がろうとしない者に対して誰が手を差し伸べてくれようか？
立ち上がれるかどうか、ではなく”立ち上がろう”とするかどうか。
このことは前記の商店街や冷凍冷蔵庫の例が象徴的である。
最初から支援を受けることが決まっていたのではない。
故郷の再起を期し、それも己のためでなく皆のために寝食を忘れて動いた人々が
陰に陽に存在するのだ。
これからより大切になってくる部分だろう。
皆でそういった意識を少しずつでもより強く共有したいものだ。

閑話休題
ＧＷ後半の悪天候は各地に大きな被害をもたらしたが、
我が町においても大規模な冠水等が発生した。
側溝や水路等が未復旧な上に、地盤沈下した場所は盛り土することで
通常時の冠水を防いでいるので、必然雨量が多くなると水捌けも悪く、
かつ盛り土が低い場所に水が集まるとともに、
盛り土の高いところが水の流れをブロックする、
という悪循環になる。
３日は河川の水位が低下してきた午前２時過ぎまで待機していたが、
町内を巡回した際は台風１５号の時の光景が頭から離れなかった。
町内建設会社に豪雨の中急遽の道路かさ上げを強行してもらうなど、
可能な対応はしたものの、冠水で町内での交通分断が数時間続くなど、
影響は少なからずあったと認識している。
本格的な水路や側溝の新設整備は低地部の盛り土嵩上げと
並行して行うことになるため、抜本対策は後になるのだが、
そうは言っても盛り土による幹線道路の確保など必要最低限の対策は必要だ。
それにしても町内各神社の春季例大祭が無事（とはいってもこれも雨中でしたが）に
二年ぶりに挙行されたことはよかった～。
もし雨か祭りが一日ずれていたらまた今年もダメになるところだった・・・。

そんなこんなで、月記にならんように次回は早めに、
と心がけます。
それではまた。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>追悼式／議会閉会／復幸祭／やっぱり査定？／ぜひ観るべき</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2012/03/post_242.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2012://1.298</id>
   
   <published>2012-03-20T14:48:19Z</published>
   <updated>2012-03-20T16:18:27Z</updated>
   
   <summary>表題が乱雑だが、前回以降10日間で記したいな～と思ったことを 羅列的に表記しまし...</summary>
   <author>
      <name></name>
      <uri>http://www.zenmei.net</uri>
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      <![CDATA[表題が乱雑だが、前回以降10日間で記したいな～と思ったことを
羅列的に表記しました。全部をまとめる適切な表題が思い当たらないので。

【追悼式】
町内外から約２３００名の列席をいただき、無事執り行うことができました。
また、この模様はニコ生でも中継されていて、来場者は５万人を超えていた。
来場された方も、来場できなかった方も、女川を想っていただく皆で
場所を超えて心一つに祈りをささげさせていただけたものと思う。
私自身の思いは当日の式辞の中に全て表現させいていただいた。
区切りの一年ではあるが、様々な意味で
「もう一年」そして「まだ一年」
である。

【議会閉会】
その追悼式を挟んで開会されていた１４日に町議会が閉会した。
議案は全議案可決をいただいた。
思えば、この１４日で初登庁以来四カ月。
既に任期の１２分の１が経過した。
本町の復興計画の期間は２３年度を含め８年なので、あと実質７年。
ということは就任以来計画期間に当てはめれば２２分の１の経過である。
当初予算は既報の通り２３１億超であり、震災がれき処理費と復興事業費が
かなりの割合を占める。
人事案件についても同意をいただき、
組織再編も併せ４月より本格的に動き出すことになる。
時間の経過の意味をしっかりと意識し、本格的な復興事業推進に臨んでいきます。

【復幸祭】
１８日開催の復幸祭。実に１万人近い方々にご来場いただいた。
町民数を超える数である。
皆さん、本当にありがとうございました！
本ＨＰをご覧いただいている方々は本町関係の他のＨＰ等をご覧になっていると
勝手に思っているので詳細は割愛しますが、
皆が久々に前だけを向けた１日だったと思います。
本企画は町内若手有志が本当にゼロベースから立ち上げた企画であり、
色んな困難はあったのですがそれを乗り越えて実現できたイベントです。
もとより「週末に女川に行けばとりあえずなんかやってるべ？」
ぐらいの勢いで外部に認知をいただくほど、女川はイベントが多い町でした。
旨い食い物+美しい自然豊かな環境+地元の熱意がそれを可能にしていましたが、
震災によって多くのものが失われてしまいました。
それでも、私たちの心は失われていません！
震災後、初めて町外からの集客を意識したイベントでしたが、
県外遠方の方々も含め、本当に多くの方々にお越しをいただきました。
同時に、これを実施できたのも各種ボランティア団体など多くの方々の
ご協力、人的支援によるものでした。
この規模のものを地元が完全自力で、とまではいけないのが現実ですが、
これを一里塚として、かつての賑わいを取り戻すべくやっていきます。
今後とものお力添えをよろしくお願いいたします！

【やっぱり査定？】
月曜日のテレビ番組で復興交付金と復興庁の議論をやっていた。
与党の国会議員の方々が三名出演されていたが、そのお三方全てが
「一次<strong>査定</strong>に盛り込まれない事業は～」
「一次<strong>査定</strong>では熟度の問題で～」
「復興庁で今現在二次<strong>査定</strong>に入っていますから～」
皆が”査定”という言葉を一様に使われていた。
「これでは復興庁でなく査定庁だ」とは村井宮城県知事の言葉だが、
皆が”査定”という言葉を使うほど与党の方々がそのように認識されているのだから、
やはりそういうことなんだろう。
今回はこれ以上書きません。
一つだけ言うとするならば、

どうか自治体を信用してください。

よろしくお願いします。

【ぜひ観るべき】
誰が、何を観るべきなのか？
誰が＝政治にかかわる全ての者（特に国政関係者）
何を＝「マーガレット・サッチャー～鉄の女の涙」（映画）

県南の仲間の選挙応援（第一声）に行った帰り、
若干時間があったので気になっていた当該映画を観に行った。
※映画館に行くのはマクロスｆ以来ｗ
ネットでの感想などを見てみると色んな評価があるようだが、
しかし、幾らかでも政治に関心があり、ましてや関わっている当事者からすると、
この作品には”公と私（家族）”などのよく知る（というか身につまされる）現実や、
逆に今の政治（とりわけ国政の場）で失われているであろうものが凝縮され、
そして見事に表現されている。
いわゆる”サッチャーの名言”的なものが随所に出てくるが、
その一つ一つに心打たれ、はっきり言いましょう、何度も涙しました。
いい作品です。]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>あれから一年</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2012/03/post_241.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2012://1.297</id>
   
   <published>2012-03-10T09:36:28Z</published>
   <updated>2012-03-10T09:38:32Z</updated>
   
   <summary>一年前の今日は県議会の予算委員会分科会だったろうか。 このような日々が来ることは...</summary>
   <author>
      <name></name>
      <uri>http://www.zenmei.net</uri>
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      一年前の今日は県議会の予算委員会分科会だったろうか。
このような日々が来ることは誰もが夢想だにしなかった一年前。
今あらためてこれまでの日々を思い返している。

昨日は女川第二中学校で、今日は女川第一中学校の卒業式が行われ、
二中は議会のため出席できなかったが、一中卒業式に出席した。
言葉ではうまく表現できない、とにかく立派な卒業式だった。
震災以降、彼らが書きつづけた句がある。その幾つかを以下に。

春
単調な　ただ濃淡の　この日々よ
工事中　沈む私の　応援歌
見上げれば　ガレキの上に　こいのぼり
おじいちゃん海が恋人デートしに
忌まわしい　あの日は未だ君の中
故郷を　奪わないでと　手を伸ばす
ありがとう　今度は私が　頑張るね

夏～秋
夢にまで　勉強しろと　言ってくる
あの時から　いつも空だけ　変わらない
もう見ない　ヤマザキパンとボランティア
前向きに　今は明日を　考えよう
この空は　遠い人ともつながってる
俺らはよ　０から１００へもどるだけ
ねえ、聞いて　少し灯りが増えたんだ！
今気付く　どれだけ大切だったかを
ねぇ君は　何を頑張る　未来まで
暗闇で　家のあかりがふえてきた
笑えてる　お帰りなさいもとの自分
東京で　ガンバレ女川　見つけたよ
受験生　被災しても　受験生

三月
俺たちの　歩んだ日々が　道標
届けたい　一年分のメッセージ
大好きだ　いなくなっても想ってる
くだらない　そんなものほど　うつくしい
今がある　過去もあるから　未来がある
泣いた日も　今は思い出　道になる
いってきます　校舎に背を向け　未来へと
巣立つとき　共に歩いた　この道を
今思う　一中生でよかったと
早いなあ　義務教育も　もう終わり
遠くても　いつも心は　近くだよ
さようなら　いつかあうから　いわないよ

家族を失い、帰るべき家を失い、いつもあった日常を失い、友を失い、
学校の体育館も使えず、いつも歩いていた道をバスで通い、
ほとんどの生徒が何かの傷を負いながらも
最上級生として下級生を引っ張り、現実に立ち向かってきた彼ら。
思えば、彼らをはじめ子供たちの姿や言葉に何度励まされ、
何度勇気づけられたことか。
大人がやるべきこと。
それは彼らが引き継げる、引き継ぐべき未来を創ることである。
一中二中をはじめとする卒業生皆さんの今後の活躍を祈ります。
ご卒業おめでとうございます。


明日は午後２時より東日本大震災一周忌追悼式を本町総合体育館にて挙行します。
ご遺族はもとより町民、またこれまで我が町の再生を支えていただいた方々と共に
犠牲になられた皆様に対し心から哀悼の誠を捧げ、
心ひとつにご冥福をお祈りさせていただきたく存じます。
参加は自由となっておりますのでよろしくお願い申し上げます。


多くの方々の在りし日の姿、これまでの道のり、
悲しみと絶望感、苦難と困難、使命感と覚悟、怒りと苦悩、感謝と希望、
そして日常へ一つひとつ近づくたびに感じる小さな喜び。
その時々の様々な感情といろんな場面、いろんなことが思い出されます。
あれから一年です。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>間もなく三月</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2012/02/post_240.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2012://1.296</id>
   
   <published>2012-02-28T13:47:34Z</published>
   <updated>2012-02-28T13:47:29Z</updated>
   
   <summary>最近はもうすぐ日付が変わる頃まで役場にいることが多い。 （結果、日記を残す余裕が...</summary>
   <author>
      <name></name>
      <uri>http://www.zenmei.net</uri>
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      最近はもうすぐ日付が変わる頃まで役場にいることが多い。
（結果、日記を残す余裕がない…）
文書決裁や各種ミーティング、来訪者への対応もさることながら、
増えているのがアンケート記述や依頼された講演の準備等々。
講演ならばPPTを使うし、アンケートは記述式が多い。
もうちょっと時間の使い方をうまくしたいが、
もうしばらくは仕様がないかな、と。

そうこうしているうちに一日からは定例議会も始まる。
復興事業の本格スタートとなる次年度予算審議をはじめ大切な議会だ。
また、あの日から一年を迎えることにもなる。
十一日には本町としての追悼式典も実施する。
改めて様々な思いが込み上げてくるが、それらを胸に刻み、
新たな未来へと踏み出していかなくてはならない。

閑話休題。
先日、町内のある小学校の６年生達が描いてくれた「未来の女川町」について、
児童二人が代表して町長室を訪れ、彼らが描いた「未来」を報告してくれた。
併せて、全児童分の「未来」をお預かりし、一つひとつ拝見させていただいた。
これが実に興味深い、というか面白い！
まず、二つ折りの画用紙に表１（つまり表紙）に
「考えたテーマと理由」
が記され、表２表３（つまり見開き）に
「未来の女川はこうなる！」
という絵が描かれており、最後の表４（裏表紙）で
「実現すると女川はこんな町！」と解説が入るという、
プレゼン風の体裁をとった力作の数々であった。
また、同じ「未来の女川町」でも担任先生のテーマ設定によるものだろうが、
内容が２つあるクラスそれぞれにハード（土地利用）系とソフト系に
分かれているのも面白かった。
傾向としては、ハード系は住宅地の高台化を中心とする防災力強化、
加えて利便性の高い街区形成と観光振興に力点が置かれており、
ソフト系は海をはじめとする環境美化で住み良く、
訪れ良いまちづくりを意識した提案が多かった。
「子供たちも同じように感じているんだな~」
と思いながら、改めて認識した、ハッとさせられたことが一つ。
住宅の高台化がやはり多かったのだが、
それを上回ってほとんどの絵のどこかに共通して描かれていたのが

公園と遊び場

である。
そのことを分かっているつもりではいるものの、
事業マターの話ばかりが先行しがちな自分自身を含めた大人たちの議論の中で、
子供たちにとって、とてもとても大切な空間を確保していくことの重要さを
しっかり、という以上に意識しなければならないことを痛感させられた。
もっと言えば自省した。
ともすれば、今後の復興事業や各施策において、
子供たちのことについては教育環境や学習機会の確保に思考が偏りがちになるが、
教育の場やスポーツの場とともに子供には「遊び場」が必要なのである。
そして、それはまちづくりの根っことも非常に強い繋がりを持つものなのだ。

幼くして震災に会い、多くの傷と痛みを背負った子供たち。
いずれその子供たちが復興後のふるさとを背負っていく。
これからの時間を誰よりも長く生き、担っていくのは彼らだ。
彼らの思いや可能性を一つでも多く実らせていきたい。
それが今を生きる大人たちの責任だ。
彼らが描いた「未来」を多くの方々にご覧いただける機会を
できれば作りたいな、と考えている。

大きな気付きを与えてもらいました。
みんな、ちゃんと胸に刻んだよ！
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>しばらくです</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2012/02/post_239.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2012://1.295</id>
   
   <published>2012-02-14T14:47:40Z</published>
   <updated>2012-02-14T15:41:01Z</updated>
   
   <summary>しばらくです。 というより、いつも”しばらくです”の状態ですが…。 前回の連投以...</summary>
   <author>
      <name>須田善明</name>
      
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      しばらくです。
というより、いつも”しばらくです”の状態ですが…。

前回の連投以来二週間。
開催中のまちづくり説明会であるが、前々回記した３６か所に加え、
今週後半に実施する、被災度の重い大まかな地区ごとの説明会４会場を追加、
上記４会場を含め最終的には全部で４０カ所となった。
うち中央政府要望による４か所の欠席を除き、
これまで３２会場で自身の言葉で説明を行っている。
率直に驚いたのは、町外（町外仮設住宅を除く）で行った説明会。
町外の借り上げ仮設住宅等の方々を対象に行ったのだが、
石巻で６０人以上、大崎で３０人以上、
仙台では８０名以上に方々に参加をいただいた。
これまでを通じて仙台会場が一番の参加者数であった。
想像以上の人数であった。
仙台では会場スペースに人が入りきらなくなったほどである。
”久しぶりに同郷の人々と会える”ということも理由の一つだったようで、
終了後に連絡先の交換などをされていた方々も多かったし、
何かのきっかけを待たれていた側面もあるかと思う。
まずは１回目の出前説明会だが、様々な意味でやってよかったと思うし、
今後も節目節目で実施していく必要があるだろう。
※次はもっと大きめの会場にします…　m(_ _)m

”早く戻りたい”
”安全で安心に生活できる早期の郷土の再興を”
”もう戻らないが土地等の取り扱いはどうなるのか？”

様々な声を町外の説明会でもいただいたところである。
町内町外にかかわらず、当たり前のことであるが切実な声である。
これまで、合計すれば１０００人を超す方々にご参加をいただいた。
そのまま世帯数の勘定だとすると、
被災世帯の概ね二軒に一軒の割合で話を聞いていただいたこととなる。
このような説明会も我が町の規模だから可能なところではあるのだが、
今後の意向調査や、時期を見ての旧行政区ごとの意見交換など、
より詳細な意向把握とその集積を図りながら、
復興事業や復興計画の熟度を高めていくこととなる。
また、本日日帰り東京出張だったのだが、今日の出張先で、
これまでも女川や石巻への支援活動をされている在京の女川出身の方から
”定年したら夫婦で女川に戻るつもりだったが、
　我が家の（自己名義の）被災土地はどうなるのか？
　これまで町から通知等の連絡をもらっていない”
とのお尋ねをいただいた。
”区画整理事業等もあり、当然ながら対象となる土地の地権者に
　連絡等のやりとりをさせていただくこととなるのでお待ち願いたい”
とお話しした。
率直に、これまでは在住の、或いは在住だった被災者へのケアや広報が優先で、
県外の関係者に同様の対応が出来ようもなかったわけだが、こういったケースも当然ある。
平穏な生活を奪われた方々への対応が最優先なのは今後も同様だが、
いずれにしても、ある段階からは関係する全ての方との接触が必要になるわけで、
限られた人員の中で体制構築もしっかりしていかなくてはならない。
この方のように故郷に対し思いを強く抱いておられる方々も多いわけだから。
なお、同様の方がいらっしゃればご遠慮なく本町役場までご連絡ください。

さて、１０日には復興庁の石巻支所も立ち上げられた。
復興財源は湯水のごとく湧いて出てくるものでなく、
財源の総枠としてどこかで限界が出てくるのは当然であり、
財政当局のオーダーも厳しいだろう。
その中において、本省を含めた関係省庁の地区担当の方々や現地対策本部の方々には
被災地の立場に立って相当汗をかいていただいている、というのが率直な印象だ。
大変にありがたいことであり、本音で感謝申し上げております。
復興財源＝国の財源＝国税＝全国民の負担であるだけに、
適当な使い方やなんでもアリの事業、というふうになることは厳に慎まれるべきで、
だからこそ将来につながる使い方と事業にしなければならない、と
まちづくり説明会の全ての会場で私自身申し上げているが、
基盤整備や防災集団移転並びに津波被災地区画整理など復興の根幹に関わる事業予算は
なんとしてでも国の了承をもらわなくてはならない。
町としても、より復興へ向けた組織立てへ今後シフトすることになるだろうが、
いよいよ様々なことが本格的に動き出していくこととなる。
将来像を見据えつつ今の困難を早期に克服できるよう、事業認可と予算確保へ向けて、
復興局・支所をはじめとする各主体と連携を密にしつつ取り組んでいく。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>たまには連チャンして日記を</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2012/02/post_238.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2012://1.294</id>
   
   <published>2012-02-02T14:12:51Z</published>
   <updated>2012-02-02T14:12:41Z</updated>
   
   <summary>いやはや、朝起きたらすごい雪だった。 前日の出張先である山形では午前中の報道で８...</summary>
   <author>
      <name></name>
      <uri>http://www.zenmei.net</uri>
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      いやはや、朝起きたらすごい雪だった。
前日の出張先である山形では午前中の報道で８９ｃｍの積雪！！
帰るのが一日遅かったら大変な状況だった。
午前のうちは半島方面で大雪の影響が出た地域もあった。
皆さんは事故などは大丈夫でしたでしょうか…？
明日も冷えそうです。
くれぐれもお気をつけて…。
というか、お互い気をつけましょう！

あんまりすごいので一言書きたくなった。
んではまた。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>またしばらく間が空いてしまいまして</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2012/02/post_237.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2012://1.293</id>
   
   <published>2012-02-01T15:50:11Z</published>
   <updated>2012-02-02T14:04:36Z</updated>
   
   <summary>前回からいろいろありつつ、ではあるが早くも二月に突入。 13日以降連日復興まちづ...</summary>
   <author>
      <name>須田善明</name>
      
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      前回からいろいろありつつ、ではあるが早くも二月に突入。
13日以降連日復興まちづくり住民説明会を開催している。
稲井地区のバイパス仮設住宅団地も含めた当初予定の町内３３カ所に加え、
借り上げ仮設入居者が多くおられる石巻・大崎・仙台の町外３カ所、
計３６カ所で実施する。
これまで２７カ所を終了、省庁訪問で上京のため欠席した４か所以外は
当然ながら全てに出席し、様々な質問や意見をいただいてきている。
今回の説明は町の土地利用を含めた基本方針と事業制度、
とりわけ住居確保についての事業説明と概ねの全体スケジュールが中心。
国への計画（整備/推進/復興交付金の各計画）提出の期限が年度内であり、
そこにおいて全体計画と事業予算規模の概略を国に認めてもらう必要がある。
それがあって初めて各種の復興事業が可能となるのであり、
詳細を詰めいていくのもまだまだこれからである。
従って計画の部分的な変更は今後当然ながら発生するであろうし、
そういったことを前提として基本的な方針に対する住民理解を得ることが主眼だ。
今後は世帯ごとの意向調査をはじめ、旧行政区単位での説明会も実施していく。
まずは行政（というか執行権者であるところの私）の原案や方針をしっかり示しつつ、
住民の意向や考えを確認しながら作業を進めていきたい。
なお、今回お話ししている内容は安住前町長のもとで策定され議決いただいた
基本計画のゾーニングをもとに、私自身の考え方も強く反映したものである。

さて、この間二度の上京と山形への出張があった。
上京のうち一回は上記のものであり、もう一回はゲストスピーカーとして
自民党の党大会に出席、被災地からの声ということで特別スピーチなるものを
行ってきた。
自民党大会にはこれまで１１年連続出席してきたところであるし、
メインステージにもその時々の役割で何度か登壇している。
しかし、まさか首長になって出席することになるとは思わなかったし、
それも出席者中で一番長い、党首より長い時間を与えられてしゃべることに
なろうとは思いもしなかったことである。
どうしようかと思ったが、被災地の生の声を多くの方に届ける機会でもあるし、
更にはこれまでのつながりで支援をしてくれてきた全国の仲間に謝意を伝えつつ、
加えて国政の混迷に言いたいこともあったので快諾させていただいた。
女川の子供たちのあるエピソードを是非話してほしい、という依頼だったので、
それを入り口に思うところをお話しさせていただいた。
久々に２０００人以上を前にしてのノー原稿トークだったので、
かなりの緊張感で臨んだが、思ったよりは落ち着いて話せたかな、とは思う。
ニコ動か何かで見れると思うので興味のある方はどうぞ探してみてくださいｗ

山形へはケーブルテレビ山形の２時間トーク番組への出演。
吉村山形県知事と武井東北総合通信局長他皆さんとともに
震災を経てこれからの地方の時代を話し合う番組である。
震災以前から続けてきて開始以来１５年、１３８回目の収録だそうで
同じ形態で続けてこられたそうだ。
震災以降は復興をテーマの基軸にしつつ、様々に東北や山形の在り方を論じ、
今回が九回目とのこと。
実はこのケーブルテレビ山形の社長さんの父君が故吉村和夫元山形市長であり、
その奥様（社長の母君）が女川ご出身。
そして遠縁ながら我が家の家系でも本家筋で繋がりがあり、
そんなこんなで以前からお付き合いさせていただいてきた。
トーク自体は時折アカデミックな方向に行きつつ、
これからの東北の在り様がそれぞれの立場やスタンスで語られていたと思う。
今後東北各県のケーブル局に配信される予定。

今週は説明会の町内分終盤戦、しっかりと明確に方針と考え方を伝え、
また皆さんからの意見をより多くいただきながら進めていけるよう取り組む。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>しっかりと、大きく踏み出せる年に</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2012/01/post_236.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2012://1.292</id>
   
   <published>2012-01-15T14:55:00Z</published>
   <updated>2012-01-15T15:14:42Z</updated>
   
   <summary>新年初の書き込みとなります。 どう書き出したらいいのか、二週間が過ぎても未だ戸惑...</summary>
   <author>
      <name>須田善明</name>
      
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      <![CDATA[新年初の書き込みとなります。
どう書き出したらいいのか、二週間が過ぎても未だ戸惑いがあります。
多くの未来が奪われてしまった昨年でした。
年が変わったといっても色んな思いを拭い去れるものではありません。
それでも、私たちは歩を前に進めてかなくてはなりません。
新たな未来を、希望ある未来を描いて、それを現実にすべく歩むのです。
年の変わり目を一つの大きな節目と捉えつつ、
復興へ向けて大きく踏み出す辰年にしていけるよう、
皆と共に全力で取り組んでいきます。

町政の舵取り役をお預かりして早二ヶ月少々、
復興へ向けたまちづくりの具体化を急いできました。
去る１３日からまちづくり住民説明会を開催しています。
２月４日まで全３３か所で実施いたします。
加えて、借り上げ仮設住宅で町外の方を対象に、
石巻や仙台での説明会も検討しています。
今日まで５か所を終えましたが、どの会場でも多くの方々に
参加をいただきました。
まちづくりや土地利用の具体的な方向性と、
事業制度（防災集団移転など）について説明を行っています。
この復興については多額の財源が必要となりますが、
その多くが国の財政支援によってなされます。
つまり国税で賄われるのですが、例えば、単純に平均をとってみれば
１０００億円の事業費ならば国民一人当たり８００円、
３０００億円ならば２４００円／人です。
その意味をしっかりと考えながら、だからこそ後の世代に引き継げる
まちづくりをしていきましょう、と訴えています。
過疎化や高齢化の進行は我が町も例外でなく、大きな課題でしたが、
大災害からの復興という意味と共に、その課題に対する答え、つまり
これからの地方都市のあるべき姿を現出させていきたいのです。
これこそが我が町にとっての復興の質的な目標だと捉えています。
ほぼ７割の建物が失われ、一部損壊まで含めれば８５％の被災率です。
だからこそ、意味ある未来へチャレンジしていかなくてはなりません。
復興事業を進めるにあたっても様々な課題が山積していますが、
私たちは必ず乗り越えられると確信しています。
なぜならばこれまでもそうして乗り越えてきたからです。

地域内外の多くの方々に支えられながら、
力を合わせて乗り越えてきたこれまでの道のりでした。
年明け以降も早速に各種方面からの継続的な支援が行われています。
大変にありがたい限りです。
そのような私たちの未来を信じて支えてくださるみなさん、
そして、何よりも、この地で未来へ向けて歩む私たち自身、
皆の力を前へ向けて、力強く歩み出す一年にしていけるよう、
全力で頑張ります。
本年もどうぞよろしくお願いいたします！


須田善明

<img alt="cfk120115_M1%EF%BC%88%E5%B0%8F%EF%BC%89.jpg" src="http://www.zenmei.net/cfk120115_M1%EF%BC%88%E5%B0%8F%EF%BC%89.jpg" width="532" height="299" />
]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>往く年を送るにあたって</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2011/12/post_235.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2011://1.291</id>
   
   <published>2011-12-31T14:55:29Z</published>
   <updated>2011-12-31T14:56:15Z</updated>
   
   <summary>誰にも予測できない本当に大変な年であった２０１１年。 一年前の本欄の記述を見てみ...</summary>
   <author>
      <name>須田善明</name>
      
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      誰にも予測できない本当に大変な年であった２０１１年。
一年前の本欄の記述を見てみましたが、
今からすればどんな予測や見込みも意味を成さないほどの
深い、深すぎる傷跡が残された一年でありました。
様々な思いは次回記しますが、それぞれにとって飛躍の年となることを
願うばかりです。

私自身の立場や職責においても大転換点となった２０１１年でした。
これも震災によってもたらされた転換でした。
思えば、多くの勧めと要請の声を断って同じ道を歩むことを伝えた１月に始まり、
震災により壊滅した町の姿を目の当たりにし、
「今日生き残った命を明日へ繋ぎ、未来へ繋ぐ」
「被災者を激励することも役割の一つではあるが、今必要なのは
　議員しかできない、政治家しかできないことを果たすこと、
　結果、評価が得られなくともそれで構わない、見えない誰かの役に立てばいい」
との思いで復旧・復興につながる活動を行ってきました。
そして今、首長として臨んでいます。
より具体的な答えを出していく役割であります。
大きな一歩を皆と共に踏み出す、そんな年にしなくてはなりません。

間もなく新年。
これまでお世話になった全ての皆様に心から感謝申し上げ、
そして皆様にとって迎える年が良きものでありますようお祈り致します。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>一つ一つ戻る、いつもあった風景</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2011/12/post_233.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2011://1.290</id>
   
   <published>2011-12-18T14:37:32Z</published>
   <updated>2011-12-18T22:28:42Z</updated>
   
   <summary>本日18日の日曜日は午前中に役場庁舎で書類に目を通した後、 行事関係が多く入った...</summary>
   <author>
      <name>須田善明</name>
      
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      本日18日の日曜日は午前中に役場庁舎で書類に目を通した後、
行事関係が多く入ったので伺ってきた。
仮設住宅団地での自治会発足総会、
我が地区の被災した白山神社の再建委員会発会、
復興計画策定委員会の先生との意見交換、等々。
一つ一つが再生へ向けて踏み出す一歩目である。

これに加えて、今日はうれしいことが他にもあった。
一つ目。
我が町で活動し、将来のJを目指すコバルトーレ女川の試合があった。
仙台サスケ（宮城1部リーグ）を迎えての復興祈念試合である。
震災以前からメディアに取り上げられているが、
コバルトーレは昨年度は東北1部にまで昇格したチームで、
女川を拠点に、所属選手が日中は町内の水産加工会社などで勤務しながら
明日のJを目指して頑張ってきたサッカーチームである。
震災以降、当然チームは活動を停止しており、各々勤務する事業所で
復旧・復興へ向けた活動を行ってきた。
一旦女川を離れながらも
”必ず女川に戻ってきます”
と外で頑張る選手もいた。その心がうれしい。
そもそも選手たちは全国から集まってきており、
それも本質的にはサッカーをやるために女川へ来ているのであって、
それぞれのキャリア形成を考えれば女川で生きていく必然性は薄いであろう。
にもかかわらず、彼らは残ってくれた＆戻ってくれた。
そして今日、震災以降初めての試合である。
これまでのシーズン中は月に2度ほどホームゲームがあり、
地元応援団が駆けつけ声援を送っていた。
いつもあった女川の姿の一つである。
その声援が、選手たちの声が、震災以降初めて女川に戻ってきた。
ちなみにスコアは５－４でコバルトーレの勝利！

二つ目。
我が町には女川オーシャン会というゴルフの愛好会がある。
本日”今年の”打ち納めと納会があり、夜の納会のみに顔を出させていただいた。
なお、私も会員の端くれとなっているが常にBMです…。
仮に”お前もプレーしろ”と言われてもクラブも何もありませんし、
クラブセットを置く場所の余裕がありません…。
で、この会もいつも月イチで定例で行われていた。
覚えている限り、震災以降、会場となったホテルでの宴会風の会合は初めてである。
これもいつもあった女川の姿の一つである。
この”いつもあった普通の風景”が普通に行われたことが何よりうれしい。
つまり、一歩一歩ではあるが着実に以前の姿に戻っていっている
何よりの証だからである。
これってすごいことなのだ。

多くのものが失われ、取り戻していくのはまだまだ困難だが、
間違いなく、いつもあったはずの風景が戻ってきている。
その一つ一つを特別なことと感じなくなれた時に、
いつもの普通のことと思えたときに、
”復興した”という実感を心に抱けるのかもしれない。

この一週間は初めての定例議会もありかなり濃い時間を過ごしたが、
自分流ではあるが色んなものを動かせるように日々取り組んでいる。
全ては、新しい町づくりとともに、そこに生きづく
”いつもあった風景”
をみんなで取り戻し、手にするためである。
気付けばもう年の瀬。
新たな来る年にはどれだけそんな風景が戻ってくるか？
そのために、皆とともに懸命に歩んでいく。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>就任して一月が経ちました</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2011/12/post_234.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2011://1.289</id>
   
   <published>2011-12-12T13:09:24Z</published>
   <updated>2011-12-12T14:34:44Z</updated>
   
   <summary>今日で一ヶ月。 県議と町長とは求められる役割も違うので 単純な比較はできないが、...</summary>
   <author>
      <name>須田善明</name>
      
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      今日で一ヶ月。
県議と町長とは求められる役割も違うので
単純な比較はできないが、時間の密度やはり濃い。
通常業務的な部分もあるが、復興計画に伴う土地利用など、
今後にとってきわめて重要な案件が山積みであり、
案件ごとに頭とモードの切り替えが大変だ。
過日、町議会の復興特別委員会に対し
土地利用計画の素案をお示ししたところであり、
これを皮切りに各方面に案を提示し意見をいただいていくこととなる。
それをしつつ、国の三次補正に伴う復興交付金を使った事業計画を
策定していくのだが、これがまたタイトなスケジュールとなる。
交付金（並びに交付金事業）の概略は伝わってくるのだが、
きちんとした要綱等が国から示されない中で
見込みスケジュールだと１月中には復興交付金事業計画の原案を
国に出さなくてはならないという現状である。
国が示すべき要綱が定まらない中でそれを見込んで計画を立案していく、という
また、国にそれを求められそうだという、かなりトンデモな状況だ。
かといって「んな無茶な～」と国に言ったとしても
今度は事業進捗全体がずれ込むことになり、
スピードを落としてしまうことになる。
これだけでもトンデモだが加えて、計画自体は全部で三本、つまり
①復興整備計画（土地利用関係）
②復興推進計画（特区関係）
③復興交付金計画（復興交付金関係）
を策定しなければならない。
更には通常通り次年度の当初予算も当たり前に編成しなければならない。
率直に言ってマンパワーも不足（他自治体からの応援、助かってます！）、
町民の意見聴取と合意形成、議会との協議と理解etc.
普通に考えたら予算規模からしても２年位（或いはもっと）かけてやる仕事を
実質半年以内でやる、ということ。
それでもやれるか、やれないか、ではなく
”やらなくてはならない”
のである。
明日から町議会の定例会も開会、様々な場面と機会を通じて
悔いのない復興の道筋となるよう努力していきます！

さて、前回日記からだいぶ間が空きましたが、
この間の出来事をざっくりと。

１１月２４日に東京都庁において、既報の本町のがれき処理受け入れに関する
協定同意の共同記者会見を行わせていただいた。
大変感謝しております！
我が町の災害廃棄物の発生量は推計で４４万４０００ｔ。
通常年の我が町の一般廃棄物発生量の１１５年分である。
このうちの可燃性廃棄物約１０万トンを東京都下の清掃工場で
受け入れていただくこととなった。
１２月６日には試験搬出を行い、今後の試験焼却の結果を待ち、
正式な搬出開始となる。
この、震災によって発生した災害廃棄物については、
当初全国各地の自治体が受け入れに対し協力を表明いただいたが、
東京電力福島第一原発事故の影響が拡大した結果、
ほとんどの自治体で逆に難色が示される結果となった。
そういう中で、石原都知事をはじめとする皆様のご理解により
このたびの受け入れに繋げていただくこととなり、
本当に感謝しております。
会見当日、荒川区長の西川特別区会長からいただいた
「我々（東京）の生活は東北に支えてもらってるんだ」
という一言にはいろんな意味が包含されていたはずであり、
私にとっては大変うれしい言葉であった。
当然ながら、搬出する廃棄物については放射性物質量の測定はもちろん
廃棄物の混合比率まで受け入れいただく自治体の基準に
適合させているので、客観的なデータとともに責任を持って
管理体制を敷いていく。

現在我が町ではもともと住宅や工場があった場所に
がれきの仮置き場を作らざるを得ない。
全壊家屋等を解体し、そのがれきを撤去した後、
基礎ごとはがして平らにした後にまたがれきの山を積んでいく、
そのようにして多くの平坦部の被災土地ががれきの山々となっている。
町内の多く、その９割弱が山地であり他に土地がないからである。
したがって、このがれき処理が加速していかないと
整地や盛り土など各種の復興事業を進めることができないのである。
そのような状況であり、東京都内への廃棄物搬出が実現したことは
復旧復興を促進するうえで大変大きな一歩となった。
今後安心して安定的に受け入れていただけるように、
なお責任ある体制で臨みたい。

他にも色々あったがまた今度、ということで。
おやすみなさい！
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>初議会でした</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2011/11/post_231.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2011://1.288</id>
   
   <published>2011-11-22T15:03:50Z</published>
   <updated>2011-11-22T16:39:34Z</updated>
   
   <summary>本日（22日）、就任後初となる町議会が開催された。 新議会の人事議案が中心で、執...</summary>
   <author>
      <name>須田善明</name>
      
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      <![CDATA[本日（22日）、就任後初となる町議会が開催された。
新議会の人事議案が中心で、執行部提案は補正予算が一件と
議選委員提案が一件の計二案件。
補正予算は仮設住宅における地デジ難視聴地域対策3600万である。
須田の名による初めての議案となるわけだが、
応急仮設住宅全般に関する質疑が５人の議員からあったが、
採決自体は全会一致で可決された。

一つ一つが初体験である。
しかし、何より緊張したのが開会直後の挨拶。
またもや最高に緊張しました…。
途中で頭ん中が真っ白になりました…。
更には、採決の際に思わず
「異議なし！」
と無意識に言いそうになったり。

議員だった当時は答弁を引き出し
”議事録に残す”
ことが一つの手法だが、今度は残すのではなく質疑であれ何であれ
”議事録に残る”
ほうになった。この感覚と意味合いの違いは自分の中でも大きい。
新議員の方々とこれからの四年間議論を重ねながら
町政の行く末を定めていくことになる。
心して臨んでいきたい。
そして、改めて町議の皆様のご当選をお祝い申し上げます。 m(_ _)m


さて、夕方には現在女川港に寄港している米海軍救難船内に
議員各位並びに町執行部がお呼ばれいただいた。
ブリッジにて艦長の説明を私の拙い英語力で議員の方々に通訳しつつ、
交流を深めさせていただいた。
写真の添付方法がわかったので画像貼り付け復活！
で、ブリッジ内のGPSの写真。

<img alt="111121_185152.jpg" src="http://www.zenmei.net/111121_185152.jpg" width="480" height="640" />

白っぽい部分が海で、茶色っぽい部分が陸地。
写真でお分かりなるだろうか？
このGPSだと、陸の突堤の中に船が泊まっていることになる。
海軍の船なので、このGPSはかなりの高精度である。
つまり、これが牡鹿半島が５m以上動いた、ということを
如実に表していることになるのだ。
そのことを強く実感した。

他にも色々とあり、彼らのホスピタリティに御礼申し上げつつ、
これまでのご支援に感謝申し上げた。
もう一枚写真を貼りたかったが、
何だかうまくいかないのでそれらはまた今度。

折を見て、また近況を報告します。
んだばまた！
Giddy up ONAGAWA! 
F××k off TSUNAMI!]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>一週間が経ちました</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2011/11/post_232.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2011://1.287</id>
   
   <published>2011-11-20T14:55:42Z</published>
   <updated>2011-11-20T16:24:21Z</updated>
   
   <summary>これまで（県議時代）との勝手の違いに戸惑いながらも、 まずは最初の一週間を終えた...</summary>
   <author>
      <name>須田善明</name>
      
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      これまで（県議時代）との勝手の違いに戸惑いながらも、
まずは最初の一週間を終えた。
先週のこの時間は当選された地区内の県議陣営を回り、
祝意を申し上げに翌日未明まで走り回っていた。
その一週間前のことすら随分前のことに思えてしまう。
これまでの経緯も含めた各課のレクチャーに来客、行事関係etc.
隙間の時間と定時以降の時間で過去の資料に目を通している。
どこまでやっても十分とは言えないだろうが、
今のうちに頭に入れられるものは詰め込んでおかないといけない。

それにしても、書類の決済に始まり、
既に大小問わず様々な意思決定の場面があるが、
改めて感じているのは、自身のちょっとした意思判断で
物事が右にも左にも動く、ということに対する怖さ。
まあ、これを怖がっていたら何も始まらないのだが、
冒頭に記した”勝手の違い”の最たる部分である。
慣れていく（悪い意味でなく）しかないのだが、
しかし、その一方でこの”怖さ”という緊張感は
いつも携えていなくてはならないものだろう。
権限・権力を行使する、ということへの緊張感。
この最初の感性を大切にしていきたい。

今日は平野復興担当大臣が女川町を訪問。
現地視察や仮設住宅入居者との懇談の後、意見交換の場を持った。
本町内の産業再建についての補助事業拡充の要望を出したが、
具体的な検討をしてもらえる模様だ。
期待しすぎると後が大変ではあるが、それでも期待して待ちたい。
また、台風15号被害があったにもかかわらず3.11災害関係とリンクされない
現在の法制度をはじめとする制度的不備も訴えた。
”現行法上仕方がない”といえばそれまでだが、
現場では海津波も山津波も一緒であり、
そこに線を引くこと自体、基礎自治体としては非常に心苦しい。
これを踏まえて何かしらの動きがあることを期待したい。

余裕があるときにまた記します。
んではまた！
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>新たな道（今日はえらく緊張した）</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2011/11/post_230.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2011://1.286</id>
   
   <published>2011-11-14T14:38:28Z</published>
   <updated>2011-11-14T23:26:50Z</updated>
   
   <summary>ご無沙汰しております。 11月4日告示されました女川町長選挙に立候補し、 無投票...</summary>
   <author>
      <name>須田善明</name>
      
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      ご無沙汰しております。
11月4日告示されました女川町長選挙に立候補し、
無投票という形で当選致し、
今後4年間の舵取りを担うこととなりました。
改めてよろしくお願い申し上げます。
また、今回は古巣である県議選、そして町議選も行われました。
当選された皆様に心からお祝いを申し上げます。
それぞれの役割と責任の中でともに復興へ歩みたく、
今後のご活躍とご指導をお願い申し上げます。


さて、本日、町長として初登庁した。
まずもって、同じ政治の立場ではあれど、
県議会議員と首長では役割も異なるわけで、
早く環境に順応し、（取り巻くものを含めて）空気に慣れるように
していかなくてはならない。
一方で、何よりも自分自身が掲げたものと、
また復興への具体的な道筋を早くつけれることを
率先して行動で示していかなくてはならない。
正直当面戸惑う部分もあるが、早く自己の内面の整理もしつつ、
十分にやれるように努力を重ねていくつもりだ。
その今日一日の中で、初公務が訓示の意味も含めた就任挨拶。
はっきり言って、ものすごく緊張しました…。
今後何をなしていくにしても、どんなに立派なことを言ったとしても、
私自身が職員からの信頼を得られていなければ何も動いていかないし、
仮に動いたとしても十分なものにならないだろう。
組織を統括し、またその力が最大限発揮されるためには
組織が機能するための信頼が必要である。
それを得ていくのも自分自身の行動とメッセージでしかない。
就任挨拶を取材していたメディアの方からは
「思わず涙が出そうになりました」
と言われたが、職員の方々にはどう届いただろうか？

いずれにせよ、いよいよ新たな道がスタートしました。
復興していく元気な女川を感じていただけますよう、
これからも折に触れ、今まで同様、徒然に当欄も更新してまいります。
”元祖”徒然日記を今後ともよろしくお願い申し上げます。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>皆で未来を創るために</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zenmei.net/2011/11/post_229.html" />
   <id>tag:www.zenmei.net,2011://1.285</id>
   
   <published>2011-11-03T14:20:42Z</published>
   <updated>2011-11-03T14:38:34Z</updated>
   
   <summary>進む道が変わるのに伴いトップページも変わりました。 いよいよ明日4日、新たな道に...</summary>
   <author>
      <name>須田善明</name>
      
   </author>
         <category term="01)徒然日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.zenmei.net/">
      進む道が変わるのに伴いトップページも変わりました。

いよいよ明日4日、新たな道に挑みます。
長く険しい道程です。
相当な困難に幾度もぶつかるでしょう。
それでも、地域の力を信じています。
ふるさとの姿を取り戻すのだ、という皆の力を信じています。
その私たちの姿と力があれば、必ず在るべき未来を創り出せます。
その先頭に立って、あらゆるものを背負っていく覚悟です。

皆さんの力を貸してください。
では、行ってきます。

      
   </content>
</entry>

</feed>

